アドラー心理学
「嫌われる勇気」の著者
岸見一郎氏の
「人生は苦である でも死んではいけない」
(タイトルが暗すぎるけど「嫌われる勇気」が良かったので他の著書も読みたくなった)
の一節に
人生の目的は
「成功」ではなく「幸福」と
書いてあったのが心に残った。
確かに、
登山の目的が登頂
(=頂上に辿り着くこと=成功)
なのであれば
ヘリコプターで頂上に到着し
5分滞在して
またヘリコプターで下山する。
それが楽しいのか?
成功を目的とすることとは
それに似ている
旅行もまた、同じこと。
どこでもドアで瞬時に
目的地に到着するのではなく
出発前夜に早寝するところから
楽しみは始まっていて
移動中の乗物からの景色や
立ち寄った休憩所での食事や
友達や家族との会話。
目的地に到着するまでの
道中も登山や旅の楽しみである
人生においてもわかりやすい成功
(いい大学、いい会社、高い給料など)
を手にすることが目的なのではなく
日々の生活の中に感じる
「幸福」を味わうことこそが
生きている目的だと考えると
いつか、どこかに
辿り着くべき目的地があって
そこに到着するまでは
幸福でない(と自分で勝手に定義した)
生き方より
今日という日、
今というこの瞬間の中に
既にある喜びを味わう
それが人生の目的だと
自分で定義するだけで
今、すぐに、ここで
「私は幸せである」って
言えるのじゃないかな
命が有限であると
知っているけれど
どこか他人事で
でも、
変わらないものなんて
何もないこの世界で
今、ここに生きていること。
大切な人がいること。
同じ時間を共有できて
触れ合えること。
それは
愛しい、尊い
奇跡の時間
今、確かにここにある、
幸せの時間。
今、生きているからこそ味わっている幸福を丁寧に味わい心に刻みたいと思う
赤ちゃんだった娘が
あっという間にもうすぐ6歳。
当たり前のように毎日、
保育園までの道で手を繋いで歩くけど、
いつか手を繋いで歩くことも
なくなる日がくる。
柔らくて小さな手が
私の手を求めて伸びる日が
いつか終わると思ったら
この日常が
愛しい幸福の時なのだと気が付く
今、ここにある
今、私がすでにもっている幸せを
味わいたいと思う。
どこかにある幻の目的地だけを見て
足元にある幸せを取りこぼさないように
愛も幸せも、本当はもう「ここに在る」のに、それを見ないで取りこぼしているのは私かもしれない


