マルチバースの善と悪。
ロキ最終回見終わった〜!
めちゃ面白いんだが??
黒い雲の中に隠されていたのは
創造主であった。在り続ける者。
時間軸をひとつにまとめていた
創造主は殺されてしまった。
やはり、殺すのはレディロキ。
破壊は女の役割ですね。
まとめられていたマルチバースが
ついに解き放たれてしまったぞ。
マルチバースとは悪が蔓延ること。
そしてマルチバースとは可能性が拡がること。
この後はじまる「What If...?」は
可能性の無限大さを
そんで、ロキシーズン2は
マルチバースという悪をテーマに描くのかしら?
マルチバースには善と悪がある。
悪の側面によって、マルチバースは対立して大戦争になった。
だから創造主は神聖時間軸という一本の道にまとめたのであるが
そうすると可能性がなくなってしまう。
マルチバース善の側面は「可能性」である。
可能性とは「自由意志」である。
昨日の日記では「決定論的世界」のことを書いたけれど
その世界には「自由意志」がないと思われるかもしれない。
「神聖時間軸」とは決定論的世界のことなのだ。
ロキとシルヴィは2択で争った。
創造主と交代して神聖時間軸の支配者になる道
それは、自由意志のない決められたレールを歩む道。
創造主を殺してマルチバースを解き放つ道
それは、自由(可能性)を求める道。
人間はいつでもこの2択を迫られている。
というか、この2択しかないから
選ばなきゃいけない。
だけどほんとは
神聖時間軸(善)と
マルチバース(悪)は重なっている。
人間(神様)は生まれたら
自分の人生しか経験できない。
1つの人生の中で様々な可能性を
体験するのは結構大変。
人間には死があるし人生は短く儚い。
『自由意志がない』とか言っても
ひとつの人生しか経験できないのだから
そもそも「自由意志」とはほど遠い環境なのである。
けれど、もしもこんな世界があったら?と
頭の中でなら自由な世界を想像できる。
一回の人生の中で、より良い世界や
別の可能性を目指すことだけは許されている人間。
自由意志のない世界だとしても
別の可能性の実現を望むことはできる。
死が設定されていることで
様々な可能性体験は制限されているが
許されているのは意識の中の遊び。
自分自身を
「不幸な人生だった(シルヴィ)」
「のけものの神(ロキ)」
と考えてしまうことが意識を縛っている。
「自由意志のない人生」から
「制限の中にある自由」を見つけ出そうと
していたのがロキとシルヴィであると思う。
二人が出会ったこと自体が新しい可能性の第一歩。
自由を求めるのならば、
悪を認めなくてはならない。
どちらか1つというのは無理なのである。
善と悪が重なっている世界の中にある自由
については今後MCUで語られるかもしれない。
重なり合いの表現は難しいから
入れ子状態を使用している感じ。
今までは神聖時間軸で、
これからマルチバースとして拡っていく。
今後の作品も楽しみすぎるなー!
2択を迫られた場面で
ロキに向かってシルヴィが言った言葉
『なぜ私と見方が違うの?』
男と女が同じ考えになることはないから
マルチバースが解き放たれてしまう。
神聖時間軸には、意識の中に可能性がある。
意識のマルチバースといえる。
マルチバースの中にマルチバースが誕生し
入れ子状態は永遠に続く、、、
それを悪と見るか善と見るか。
意識は自由だ。