いつからだろうか。
母のことを許せたのは。
いつからだろうか。
母の仕事が立派で素晴らしいということに気づいたのは。
憧れを抱いたのは。
それまで私は母が嫌いだった。
母というより、職業が嫌だったのかもしれない。
みんなのお母さんと違う仕事。
でもお母さんがピアノの先生って人いるよね?
もしこのブログみて私もって人いたら
もしよかったらコメント📝ください
お母さんの職業受け入れられなかったのは私弱いのかな?
変なことなのかな?
いろいろ考えてしまう。
母のことを言えばすごいねと言われた。
お母さん先生だからピアノ弾けて当たり前。
うまくて当たり前みたいな周りの態度が嫌でした。
私は上手くなくて、ただ普通にピアノが好きだった。
純粋に。
私は母の職業を隠すことにいつからかなった。
なぜ嫌だったかというと、帰ってきても母がいないということ。
母は同じ家にいるのにいつも生徒さんを教えていて遅くまで
やっていた。
手紙とおやつがいつも用意されていた。
被害にあった日も、母は仕事だった。
話しをしたくてもいつもいなかった。
夕飯の支度のとき話しある
と言ってみたが忙しいから無理と言われた。
私は愛されていないと思うようになる。
何年も母とのわだかまりは、募っていった。
母に当たる日々だった。
被害のことを知りお母さんは私に謝った。
今は、お母さんに当たってしまったこと反省している。
あの日のことは母も私も悪くない。
今はお母さんの職業を理解している。
母は今休業中だ。
生徒さんがいる間は続けたいと言っている母。
だが現実は厳しそう。
また母が具合悪くなるかもしれないからだ。
お金をもらう以上そんなに休めない。
そのことを母はとても気にしている。
私は母にずっとピアノを奏でていてほしい。
母にはピアノを生きがいにしているから。
私のことで辛いとき、ピアノをやめるか迷ったらしい。
でも私の当時の主治医が、ピアノをやめてはいけない。
続けてくださいと言った。
母の教室は、約四十年、生徒さんが途切れない。
ずっと来てくれている![]()
ありがたい![]()
母はいつか言っていた、
ひとりでも生徒さんいる限り教えたいと。
母の夢が叶うよう
ピアノをどんな形であれ教えれるようサポートしたいと思う。
母が私にいろいろサポートしてくれたように。
音楽には力がある
辛いときピアノ奏でるととても元気になった
悲しくて悲しくてピアノを奏でる
嬉しくて嬉しくてピアノを奏でる
いろんな時で音が違って、
いつも同じ音はでない気がしている。
同じ曲を演奏してもみんな違う
不思議がいい。
いつか私も演奏また出来る日を夢みて。
母の演奏も聴きたいな![]()
ただ今はお母さんにゆっくり病院で過ごしてほしい。
今日は、午後作業療法がんばるよ
と張り切っていた![]()
お母さんに会いたくてさみしい私でした
お母さんと仲悪いころ。
お母さんに、この前病院のガラス越しにありがとうと手話したら
ありがとうと手話をしてくれた
覚えていたんだ!感動🥺🥺🥺🥺🥺

