⭕️鹿児島帰省−2(2024年12/27〜2025年01/03)→

続きです。

翌日の土曜日に、マッサージをしている甥っ子が鹿児島市内に整体店を開業したので、迎えに来てもらい整体マッサージを丁寧に施術してもらいました。甥っ子は身長が180センチ超えなので、指も長いせいかしっかり揉み解してくれました。清潔感のある店内には天井にスクリーンが投影されて音楽も流れてとても癒されました。

また、その時にマッサージの甥っ子の兄弟の長男で、漫才をやっている甥っ子М1の準決勝(参加コンビ数10330組)まで行った話しになりました。残念ながら決勝には進出する事は出来ずに負けてしまいました。敗者復活戦でテレビ放映もされましたが、夢叶わずの結果になりました。

しかし、テレビ出演したので俳優の仕事も入って来たとのことでしたので、今後の活躍が期待出来そうです。

その後、いつもの甥っ子に鹿児島中央駅まで送ってもらい汽車で指宿市へ帰省しました。

12/29は93歳の母親と一緒に指宿市山川港の旧揚場の中で開催される年末の「歳の市場」に行って来ました。お墓参りの花・山菜おこわ・芋のブリュレを買って、無料の茶節・無料の鰹の腹皮を頂きました。


歳の市の広告です。


芋のブリュレ・バーナーで焦げ目を付けてくれています


無料の鰹の腹皮(近海の鰹で作ったので塩加減がグッド・真空パックの鰹の腹皮は保存食なので塩加減が強く辛い)


山川ツバベニ太鼓の実演観ました。



動画−山川ツバベニ太鼓

指宿市山川町は薩摩半島の最南端に位置しています。背後はなだらかな山、前には黒潮流れる東シナ海が広がっています。

この港は、古くから外国船が立ち寄る港で薩摩派が沖縄との貿易で財を成した港でもあります。

また、ヨーロッパに初めて紹介された日本人は山川港の人々だったそうです。

山川ツバベニ太鼓は平成9年度結成されました。
波をけって漁や交易に出かける船をイメージすると共に沖縄との交流を重んじた山川港の姿をイメージしています。沖縄の郷土芸能「エイサー」も取りこまれています。

お昼過ぎからマグロのからも開催されました。初めて観ましたが、迫力満点でした。


動画−マグロ解体ショー

夜には、フィリピン料理のお店のサラマッポ(鹿児島以外は京都に2店舗あるという不思議なお店)に言って同級生と焼酎を組み替えし、久しぶりの再会で話しがんでカラオケも楽しみました。



途中、同級生の1人が私の初恋の女子に電話をしてくれて、ドキドキ嬉し恥ずかしい気持ちでお話しが出来ました。

この女の子は可愛くて人気が高い子でした。

数あるライバル達のいる中で、
私が小学6年の時に、その女の子にラブレターを家まで持って行って渡したことを覚えていてくれたので感動しました。あの頃の甘酸っぱい記憶がよみがえり多幸感でいっぱいでした。

同級生の粋な計らいに感謝です。


翌日は、いつもの「こころの湯」に行って癒されました。


参考写真→こころの湯ホームぺージから 

ビューティーローラーはないので、代わりにこころの湯のジェットバスの水流筋肉を解し柔らかくしていました。

これは身体に傷を付けることもなくビューティーローラー程の威力はないですが、良い感じでした。

徹底的に筋肉を解し柔らかくする事が重要だと考えています。

結局、滞在中に3回通いました。

私の大好物の母親のおふくろの味「お雑煮」も味わいました。海老と椎茸の出汁が効いて軽く焼いたお餅が1つのたおすまし仕立てタイプのお雑煮です。これだけは手作りです。


おすまし仕立てタイプのお雑煮



ちょっと風邪気味だったので、お粥の雲丹丼です。私の大好物の雲丹です。


母親は高齢者で1人暮らしなので、自分で作る事はしないで買って来たおせちです。

帰省中は、この春から私の回復経験が小冊子に連載される予定ですので原稿作成をしていました。

私の妹は愛知県岡崎市に住んでいるのですが、この度、還暦祝いの催しに参加するために01/02から帰省していました。

久しぶりに可愛いくて少しオッチョコチョイの妹ともお喋りして楽しい時間を過ごせました。

そして、翌日の01/03まで鹿児島に

帰省していました。

1週間も帰省していたので、身体が硬くなって来ました。
三重の四日市に戻ったら直ぐにスポーツジムに行く予定です。

去年の鹿児島空港からの帰りは、羽田空港の事故て飛行機が全体的に遅延して酷い目に会いましたが、今年は遅延もなく平穏でした。

と思いきや飛行機の出発時間が30分遅れになりました。最終便はやはり定刻通りに行きません。