心の断捨離 辛い出来事は気づきのムチ Vol.29 | 自由に自分らしく ~卵巣癌&肝臓転移と向き合いながら、自分らしく人生を楽しんでいます〜

自由に自分らしく ~卵巣癌&肝臓転移と向き合いながら、自分らしく人生を楽しんでいます〜

卵巣癌ステージ3C期。
この状態になって初めて地球に生きていられることが奇跡だと心から感じられました。宇宙の仕組みもどんどん見えてきて。今の私だからこそ、伝えられることを伝えたい。

気がつけば、2月も最終日となって
いました。

2月は28日しかない、ということもあり、
本当にあっという間に過ぎてしまう。。

誕生月なので、毎年、もうちょっと
誕生日感を味わいたいなぁと思う
のですが、さーっと過ぎていって
しまう感覚






ついこの間、年が明けたばかりのはず
なのに、もう随分前のような気がして
しまいます。。

それだけ、やることがあって、充実して
いるのかもしれないですね。

有りがたく思っておきましょう。





心の断捨離の続きです。

前回の記事は、こちら↓




就職活動に本当に苦労して、数ヶ月。

幾つか一次、二次面接を通過するものが
出てきました。

その時、私が求めていたのはクライアント
サイド(広告をお願いする側)だった
のですが、広告代理店系も受けては
いました。





もう広告代理店はやめよう、と思っている
にも関わらず受けてしまった自分を
振り返ると、昨日も書いたように心の
不安が自分の本当の気持ち、自分の軸を
ぶらす要因となってるな、と思います。

結局、クライアントサイドでは、
なかなか決まらす、広告代理店系で
採用が出たのです。





行きたい会社では無かったのに、
就職活動の疲れと焦りで、行くことを
決めてしまった私。

結局、大きく後悔することとなります。





マンモス会社は得意じゃないのに、
社員数の多い会社に入ってしまい、
外資系企業に慣れてしまっていたのに、
日本の企業に入ってしまったことが、
私の心を苦しめます。

肌に合わない会社に入ってしまった
んですよね。





周りの働く人たちは皆さんいい方たち
なのですが、会社の体制に馴染めなく
仕事の進め方も全く違うので、
本当に毎日が苦痛でした。

でも、責任感は強いタイプなので、
慣れようと必死に頑張りました。





ところが、そんな時、母親に大きな
病気が見つかることになるのです。

頭に巨大な脳動脈瘤が見つかりました。

いつ破裂してもおかしくない、
ビックリするほどの大きさです。

あまりに大きくて、眼の筋肉や神経を
圧迫してしまい、片眼が正常に動かせ
ないほとでした。

生死を分けるかもしれないほどの
大手術を受けることになります。





結局、8時間ほどの大手術を母親は
乗り越えることができたわけなのですが、
その後が大変でした。

脳の手術なので、一時的に錯乱状態になり、
変な行動を起こしたり、私のことも
誰だかわからなくなってしまいました。





脳の手術をすると、ある一定期間、
そのような状態になることはある
そうなのですが、私にしてみたら
初めての体験なので、本当にビックリ
して、不安だらけになりました。

このまま正常に戻らず、記憶もあいまいな
まま、私のことを娘だと思い出すことが
なくなったらどうしよう、と。





母親に、「あなた誰?」と言われるのって
精神的にかなりしんどいです。

認知症になられた方なども同じような
反応をされる方もいらっしゃると
思いますが。

別に母親と仲が良かったわけでは
ないけれど、それでもそうやって
言われるのは、キツいですね。





術後、記憶が戻らない状態で、自宅での
24時間看護が始まりました。

夜中、母親がお手洗いに行くのに
ムクッと布団からおきあがると、
私は気配を察して起きて、お手洗いまで
連れていきます。





こういう時、これって子どもを育てる
母親(女性特有)の能力だな、と
感じます。

男性は、寝ちゃったら気配を察して
起きる、なんてなかなかできない
ですからね。





そんな感じだったので、会社にも当然
行くことができず。。

入社したばかりですが、母親の容態が
落ち着くまで、休職させてもらって
いました。





とは言え、入社したての人間に、そんなに
長く休職期間を与えてもらえるはずも
ないので、結局私は最終的に
退職を選びました。

会社は、とても引き留めてくれていた
のですが。

当然ですよね、大金を使って人を一人
採用したのに、すぐに辞められて
しまっては、大きな損失ですから。

でも、とてもすぐに会社に戻れる状態
ではなかったし、その時、私は母親の
世話ができることに、少し喜びの
ようなものを感じていたかもしれません。





どちらかというと、母親に対して
邪魔者扱いのような態度だった私ですが、
弱っている母親を労ってあげないと、
という気持ちが強かったように思います。

まだその時、母親の頭は錯乱状態が
続いていましたが、きっと大丈夫、
という思いが生まれ始めていた頃でした。





今、思うと、このタイミングで母親が
こんな大病をしたのは、自分には気持ちに
正直にならずに不安に怖れを感じて
希望しない道に進もうとする私に
気づきを与えるためのものだったのでは
ないかな、と思っています。




また遠回りをする気?

前職で身体を壊して懲りたんじゃないの?

気づきをそこでも与えたのにまだ
気づいてないの?




そんな声が聞こえてきそうえへへ…

気づかない私にドカンと大きな試練と
物理的な制限を宇宙は与えたのでしょう。

完全なる気づきのメッセージだったと
思います。

なぜなら、この時に、私は今後の人生を
ガラリと変えていくきっかけとなる
ある方にお会いすることになるからです。





それを思うと、人生って本当によくできた
ストーリーだな、と思ってしまいます。



そのお話はまた次回以降に!


土居美紀コスモス