自分が産まれた時のことを振り替える
というのがありました。
私は、何グラムで産まれたのかイマイチ
はっきり覚えていないし、どんな状況で
産まれてきたのか聞いたこともなく。。
周りの方は皆さんちゃんと答えられていて
すごく驚きました。
みんな自分が産まれてきた時、どんな
様子だったかちゃんと親から聞いて
知ってるんだ!
という驚きでした。
でも、その時の統計からいくと、きっと
私のように知らないほうが少数派なんで
しょうね
今度、産まれた時のことを親に聞いて
みようと思います。
グラム数は母子手帳を見ればわかりますね。
産まれた時のことは知らないのですが、
私の出産の時のことを想像してみると、
こんなことを感じました。
私は戸籍上は三女ですが、ずっと二人
姉妹だと思って生きてきました。
私が三姉妹の三女だと明確に認識した
のは、たぶん中学とか高校の頃。
姉が戸籍を取り寄せた時に、初めて
しっかりと認識したのです。
真ん中の姉は産まれて間もなく亡くなって
しまったようです。
そのことは、未だに両親から詳しく聞いた
ことはありません。
でも、思い返すと、幼児期や小学生くらい
の時に姉の存在をそれとなく聞かさせれて
いたのを覚えています。
直接的な表現ではなかったので、まだ
幼かった私は意味がわからなかった
のですが、今思うと、そういうこと
だったのか、と。
私が三女だということをふまえて自分が
産まれた時のことを考えると、こんな
想いが沸き上がってきました。
産まれてすぐ亡くなった姉がいなかったら
私は産まれていなかったかもしれない
私を産むとき、母親は不安も相当大き
かっただろう
また何かあったらどうしよう、と
父親はきっと、嬉しくて仕方なかったに
違いない
もしかしたら、私が姉の生まれ変わりかも
流産や死産で一度空に帰った子が優先
されてまたこの世に生まれてくるそうです
(「かみさまとのやくそく」に出演されて
いる、すみれちゃん情報
注:必ず生まれ変わるわけではありません)
そんなふうに思ったら涙が溢れそうに
なりました。
母親は、すごい不安の中、産んでくれたの
かもしれないなぁ、と思うと、感謝の
気持ちがブワーっと沸いてきました。
ここには何度も書いていますが、小学生の
頃、私のことをオオカミ少女と読んで
私のことを信じてくれなかったことが、
私の中でインナーチャイルドブロック
として今でも根強く残っているので、
素直に母親を好きとは思えていない自分が
います。
でも、心の奥底では母親のことを愛して
いる自分に気づいています。
そうでなければ、母親の介護はできま
せんから。
でも、素直に表現できない自分がいるのです。
まだ、ブロックが根深く根強く残って
いるんですよね。
少し前まではきちんと表現したほうが
いいよな、母親のためにも、と思って
いましたが、最近は無理して表現する
必要は無いな、と思っています。
心の奥底で自分がちゃんと母親を
愛しているということに気づいていれば。
何が言いたかったかというと、母親の
ことを今でも許せない!嫌い!
と思っている方へ。
自分が産まれた頃のこと。
嫌なことをされる前(自分が母親を嫌いに
なったきっかけの出来事)までの母親の
思い出。
そんなことを振り返ってみると、今、
ここに生かされていることに感謝でき、
母親への感謝の気持ちも少しはわいて
くるんじゃないかな、と思ったのです。
先日、どなたかのブログで読んだ
アフォメーションのようなものが、私の
心にはグッと響いて涙が止まらなかった
ので、ここでご紹介を。
下記の言葉を3回、声に出して言って
みてください。
鏡の前でやると、より効果的かも。
○○、
生まれてきてくれて
ありがとう
(○○は幼い頃、親しみをもって
呼ばれていた呼び方を入れてください)
私は、これを声に出して唱えた途端に
涙が溢れました。
目で読んでるだけでは、何も感じなかった
のに、声に出したことで、一気に心(魂)
に響いたのでしょうね。
母親が大嫌いと思っているあなたも、
もしかしたら感謝の念が生まれて
くるかも。
涙が出たら我慢せずに、思いっきり
泣いてくださいね。
少し心に変化が生まれるかも。
土居 美紀