ハッピーなマチ日記+セイ -24ページ目

ハッピーなマチ日記+セイ

元気すぎるヨークシャーテリアの兄弟の日々を綴ったブログでしたが、ハッピーもマチも虹の橋に旅立ちました。そしてセイくんが我が家にやって来ました!

おはようございます!

『宇宙犬マチ』第5回をアップします。

今回もよろしくお願いします!

カッピー

 

『宇宙犬マチ』 第5回

 

六 感情 マチ

これまで、本当に幾多の星に調査員として派遣された。
そのほとんどが、すぐに結論を出せたんだ。
それによって、いくつもの星と生物が消えていった。
この結論に躊躇はなかったし、後悔もなかった。
常に冷静な判断をしてきたつもり。
でもこんなに迷い混乱するなんて、僕も信じられない。
いくら悩んでも、犬だから表情に出ないのがいい。
「マチ、今朝は変な寝言を言っていたよ。何を喋っていたの? 

まさか宇宙との交信をしていたんじゃないよね?」
って、おとうさんが急に言い出した。
僕はびっくりした! “バレた? まさか”と思いおとうさんを見る。
微笑んでいて邪心はまったく感じられない。
ホッとしながら、おとうさんに近づいて、指をなめる。
「マチは、いつもしゃべっているからね。なんか怪しい夢でも観ていたのかい?」
と、おとうさんは話しかけ、すぐにパソコンに向かって仕事の続きを始めた。
おとうさんの仕事は編集・
ライター。
取材に行ったり、インタビューをしたり、写真を撮ったりして、パソコンで文章を書いて、
ネット上のメディアや雑誌に載せているんだ。
文字……僕らの世界にはすでにないもの。
僕たちは生まれてから、考えたことをそのまま意思として、頭から発信できるんだ。
時々、僕をネタにしてブログとしてネット上にアップしているみたい。
もちろんワンコとしてね。
宇宙犬として書いたらスゴイ反響になるかも? なんて思ったりもする。
あと、小説という、まとまったものも書き続けていて、今まで二冊ほど刊行しているんだって。
ちなみにリサおかあさんは、遠方で看護師をやっていて、家に戻ってこない日も多いんだ。
僕は、時々仕事中のおとうさんにちょっかいを出す。
近くでへそ天になったり、おもちゃを持ち出して、「ワン! ワン!」とかね。
だいたい付き合ってくれるんだよ!
さっきも椅子に座っているおとうさんの足をカリカリして、
プフプフ鳴るおもちゃ投げをしてもらっちゃった。
このところ運動部不足だし、楽しかったぁ~
こんな日がずっと続いてくれたらいいのに……なんて思うこと自体信じられない。
“幸せ”っていうのは、こんなことなんだと思う。

時折おとうさんは僕に言う。
「マチと一緒にお酒が飲めて、話ができたらいいのになぁ……」って。
実は僕はもう日本語はもちろん、世界中の全ての言葉をマスターしているんだ。
だから、おとうさんの言葉を理解して喋っている時もあるんだよ。
ただ犬の声帯が、人間の言葉を喋るのに向いていないだけ。
かといって、おとうさんの頭の中にいきなり話をしたら、どうなってしまうのだろう?
だから、我慢しているんだ。本当は話をしたいんだよ、おとうさん。
でも、お酒はちょっと……。
なんでアルコールを体内に入れて喜んでいるのかな? 僕には理解できないことのひとつ。
しかも地球のお酒はとても種類が多くて、造り方も、材料も違う。
アルコールを飲む文化には出合ったことはあるけど、こんな複雑な体系は信じられない。
頭の中がいい気分になって、考えが活性化したり、いろんな辛いことを解消できるんだって。
おとうさんは、お酒を飲んでウトウトしている時がある。
「これも、いい気分なんだよ」って言っている。

なんという非効率!
おとうさんはウイスキーというハードなお酒が好き。
度数が四十~六十度くらいあるんだ。
しかも樽で熟成させて五年以上も、できるまでかかるんだって。

ますまず謎だらけ??
僕も興味を持って、匂いを嗅いでみたんだけど、いきなり眩暈がしてしまったよ~
脳に直接刺激を与えて、覚醒すればいいんじゃないかな?
しかもお酒は楽しい時ばかりじゃなくて、幸せな時、辛い時、悲しい時……
いろんなシーンで飲むらしい。ますます理解できない。
気分も紛らわす時にも――。
そんなことを考えていたら、眼の前でおとうさんがウトウトし始めて、

僕もつられて眠くなってきた。
もう寝ようよ! おとうさん! って腕をカリカリしてみる。
ああ、今日もいい一日だった……。

七 結論 マチ
最終の宇宙司令への報告まであと三日。
地球上にいる三十人もの仲間からの報告は全て届いてきている。
その結果は、だれが見ても明らかだった。
でも、でも……
みんなの報告には注釈が付いている。全てにね。
その多くは、彼らが詳細に調べた国のトップたちには、利己主義が蔓延していて、

このままいくと地球は近いうちにもっと大きな戦争を起こし、破滅に進む。
そして間違いなく宇宙も巻き込んでいく、というもの。
しかし、優しく、愛情が深く、平和を求めている一般の人たちがほとんど。
これが、全ての報告書に共通していた。
仲間は冷静なリサーチャーばかり。
しかし、これをどうわかるように報告すればよいのか。
ますます“?????”がたくさん付いてきた。

最終判断は、僕を含めた三人に託されていた。
ミーティングが今夜開かれる。
その前に自分なりの結論を出しておかなければならない。
僕はどうにも考えがまとまらずに、家の中をウロウロ歩き回っていた。
いずれにせよ、結論は二つしかない。
地球を消してしまうか、存続させて大幅な修正をかけるか。
たいてい“悪”とみなされた星は、全てを消し去ることがほとんどだった。
そのため、かなり昔に強力な破壊装置が、すでに地球のマントルの部分に埋め込まれている。
いままで、僕が調査した星は、全て消えてなくなっていた。
修正が成功したという話は、一回も聞いたことがない。

「マチ! 今日は落ち着かないね。どうした?」っておとうさんが言う。
僕は、ごまかすためにおとうさんに喋って、手を舐めて甘える仕草をした。
おとうさんは、僕の頭をなでて、
「もう少ししたら、夕方のお散歩に行こう」と、言ってくれた。
僕はシッポを振り、寝室に行って床に横になった。
冷静にならなくてはいけなかった。
その日おとうさんは、仕事を早めに切り上げ、夕方明るいうちに散歩に出た。
だんだん日が長くなってきていて、暑さも感じられる。

もう夏が近いらしい。
四季――。こんな素晴らしいものがある地球の日本。
ほぼ同じコースを歩いているのに、毎日のように新しいものや匂いを発見できる。
今はかなり切羽詰まった状態だったんだけど、外に出たら、

ジャスミンンの香りで気持ちがほぐれた。
帰って、早めに夕ご飯をもらい、おとうさんの夕ご飯もさんざんおねだりしてから、

夜の十時くらいに寝室に行って専用のベッドに横になった。
でも僕の頭の中は三日後のことでいっぱいだ。
修正の可能性はあるのだろうか? その場合、どのようなステップになるのだろうか?
すでに過去の事例を調べてみたのだが、検索してもなかなか出てこない。
それだけ数が少ないのか? うまくいかずにデータを消去されてしまったのか?
夜中にゆっくり調べてみよう、と思いながら考えを止めたら、急に眠気が襲ってきた。
ここのところ夜はほとんど寝ていない。
仲間からの報告は膨大で、それをチェックするだけでも大変なんだ。
それらをまとめて理論的に結論を出さなければならない。
あと三日……夢の中へ入っていく――。

八 検索 マチ


鮮明な夢を観た。
地球への判断が下り、消すことになる。

そしておとうさんに、それを伝えると、おとうさんは真っ赤になって怒り出す。
「お前のせいだ! 裏切り者!」と。
僕はどうしようもなく無言で伏せをしていた。
しばらくするとおとうさんは冷静になって

「この地球は、いまの状態だったら、なくなってしまった方がいいのかもしれない……」と言い出し、再び涙を流す。
それから僕の頭を優しく撫でて抱き上げてくれる。
僕は悲しくてやりきれない気持になって、眼から水分が流れてくる。初めての体験――。
そしておとうさんは僕を抱きしめてくれて、
「今まで一緒にいてくれて、ありがとう。ずっと一緒にいれるものだと思っていたよ。

でも、それが、地球の運命なんだね。消すなら、早く消しておくれ」
おとうさんの穏やかな表情を見るとまた目から水分が流れ出した。
僕は本来の姿に戻ろうとしたが、戻れない。
「ごめんなさい」と一言、やっとのことで言葉として出た――

そこでビクッとして目が覚めた。

それはいつもの自分のベッドの中。
近くにおとうさんのいびきが聞こえた。
「ああ、よかった。まだ地球は消えていない」という安堵感。

しかし間もなく現実になるかもしれない。
これからそっと起きて、仲間から送られてきた報告を分析しなければならない。
と思って足を伸ばしたら、おとうさんが急に声を出した。
「いま何かを言っていたみたいだけど……」と。
慌てて僕は大げさな伸びをして、おとうさんのベッドに這い上がった。
そしておとうさんの左腕を枕にして、横になり、掌をペロペロと舐めはじめた。
すると「マチ、ありがとう。もういいよ」とおとうさんは寝返りをして、寝息を立て始めた。
三十分くらい我慢して、おとうさんの寝顔を見ると幸せそうな表情をしている。
なんだか、急に悲しくなってしまった。これからのことを考えると……。
でも、期限が迫ってきている。仲間からの報告を分析してまとめなければ。
おとうさんを起こさないようにして、そっと起き上がり、

そろりそろりとベッドを降り、リビングルームに向かった。
今夜はおとうさんのタブレット端末を使わせてもらおう。

額の中央から触手を伸ばして接続部につなぐ。
あまりにロースペックの機器だが、ネットワークを使うのには問題ない。
頭の中に膨大な地球の情報が入っている。

それと仲間からの報告を照らし合わせて分析をしていく。
地球上のどの地域が危険なのか? どの人物がキーマンなのか?
宇宙への危険度はどれくらいなのか?
それらを解析しシミュレーションしていくと……
どうしても悪い方向に結果が出てしまう。
何とか回避方法を試みる。何度も何度も……。
救うべき価値はあるのか?
修正の可能性はあるのか?
独自にリサーチする。
そして、ほぼ結果が出た。もう朝は近い。
結論は最悪のものだった。
地球の存在が宇宙全体に悪影響を与えることは間違いない。
しかも、間もなく壊滅的な影響を与え始める。

五年以内という予想だった。
人間の存在が、地球を誤った方向に向かわせている。

しかし、人間だけを消しても、

今度は地球の生態系が大きく崩れてしまい、

いずれにしても地球はなくなる。
修正の可能性を探ってみる。

その結果はコンマゼロゼロゼロ一%以下というもの。
僕はわかってはいたものの、大きなショックを受け、悲しみに打ちひしがれてしまった。
“人間は宇宙にとって悪”。いずれにしても地球に未来はないということを示していた。
あまりに辛い結論であった。

これを最終レポートとして宇宙司令に送信すれば、

すぐに地球を消し去って、次の任地に向かうように指令が出ることは間違いない。
マチという宇宙犬も死に、おとうさんもおかあさんも死ぬ。
ああ、どうしたらいい?
もうすぐ太陽が昇り、朝が来る。

そして、いつものようにおとうさんと散歩へ行く時が……。

(以降、26日掲載予定の第6回に続く)

おはようございます!

『宇宙犬マチ』第4回をアップします。

今回もお読み頂けると嬉しいです!

カッピー

 

『宇宙犬マチ』 第4回

 

Ⅳ 後日 ヒロキ

 二回も手術をして、生死をさ迷ったにもかかわらず、マチはハッピーが亡くなってからも、割りと普通にひょうひょうと日々を過ごしていた。僕はできるだけマチとの時間を大切にしたいと思うようになった。あんなに元気だったハッピーが急に天に召されて、あっという間に虹の橋のたもとまで旅立ってしまった。生活の中で何かハッピーの死を連想することがあると、いきなり涙が出てしまうこともしばしばであった。そんな時は、何度もマチが慰めてくれた。
 僕たちはできるだけ、マチと一緒に出掛けるようにした。公園にもランチにも。マチは臆病だったので、犬は苦手だったが、出かけるのは大好きで、朝晩には雨の日以外は、欠かさず散歩に出かけていた。それが僕の役目であり、マチの体調や気持ちを見るのにも役立つものであった。


五 選択 マチ
僕たちが犬に入り込み、宇宙犬となったのは、

何か大きな理由があるに違いない。
単に入りやすかっただけではないはずだ。
常に人の近くにいれるのもひとつの理由だろう。
人の行動を詳しく知ることができるのも理由だろう。
でも、それだけではなさそうだ。
そんなことを考えつつ、今夜の情報収集は終了した。
おとうさんはまだ、ベッドの中で寝息を立てている。
僕もなんだか疲れてしまった。
触手をひっこめて、パソコンを消す。
辺りには雨の音がする。夜の雨音はなぜか懐かしい記憶だ。
さあ、おとうさんのベッドによじ登り、

おとうさんの隣で寝よう。
至福の時がやってきた。

寝ている時、夢を観る。
人にとっては当たり前のことらしいけど、

僕らにはわからないものの一つ。
地球に来て、宇宙犬になって初めて観るようになった。
夢の中では、僕は地球の普通の犬。

同じヨークシャーテリアという犬種。
おとうさんと車に乗ったり、公園に行ったり、
おいしいおやつをもらって、シッポを振って喜んだり。
おかあさんに甘えたり、へそ天になって、

お腹をナデナデしてもらって、気持ちよくなったり……
人は怖い夢や辛い夢、信じられない空想の夢なんかも観るらしい。
それは、前世の影響とか言われるけど、
僕はなぜか嬉しかったり、楽しかったり、幸せな夢ばかり。
なぜなんだろう?
この日も夢を観た。
車に乗って、おかあさんとおとうさんと出かける夢だ。
涼しくて自然がいっぱいの所にコテージがあって、

そこにみんなで泊まる。
とっても広い部屋。家族水入らずで、ゆっくりと過ごす。
散歩に行ったり、お昼寝をしたり。なんてステキな時なんだろう。
今日だけは僕にも特別においしいものが、いっぱい。
犬連れの人たちばかりで、僕は少し緊張する。
時には吠えてしまって、注意される。
その時にある意識を頭の中に感じた。ここにも宇宙犬がいる。


しかも、僕たちとは違い強い悪意を持った種。
なんで、こんな所に?
僕はバギーに乗っけられたまま、精神を研ぎ澄ます。
入ってきたファミリーの犬から意識が聞こえる。小さなチワワだ。
相手も気づいたようだ。チワワの眼が急に鋭く僕を見る。
僕は注意をするように、おとうさんに向かって吠える。
「マチ、大丈夫だよ」とおとうさんは言って、頭を撫でてくれる。
僕もチワワを睨み強い念動を送る。
そうしたら、チワワはキャンと小さく吠えて、

大人しくなってしまった。
彼らのような悪意を持った種に地球を渡すわけにはいかない。
僕は安心して、おとうさんとおかあさんを見る。
その時、僕用のデザートが出てきた。おいしそう!
さあ、食べよう、と口を近づけたところで目が覚めた。
こんな幸せな夢を何度も観た(その後、現実になったんだ!)。
嬉しいような、惜しいような、なんともいえない感覚。
地球に来て、知って学んだ感情。
早朝に目覚めて、おとうさんの顔の所に行き、ペロッとひと舐め。
おとうさんは眠そうに眼を半開きにして、

手を伸ばし、僕の頭に触れる。
「マチ、どうした? まだ早いよ。もう少し寝よう」。

頭を優しく撫でてくれる。
僕はお尻をおとうさんにくっつけて、横になる。
幸せな気分で、また眠りについた。

僕の日課は朝の散歩から始まる。
たいていは僕の方が早く起きて、おとうさんを起こす。
大雨や雪の時以外は、毎朝ご飯前の十五分くらいの散歩。
僕が、この家に来てからずっとの日課。
地球の、ここ日本と呼ばれる国は、

四季というものがあって、毎日の散歩は飽きることはない。
いろんな匂いがして、頭と感覚を刺激してくれる。
夕方か夜も同じように散歩に出る。やっぱり十五分くらい。
朝とは違う匂いがする。毎日違うんだ!
だから散歩は大好き!
例えば玄関のラベンダーの匂いや、

春の梅やバラ、そして秋のキンモクセイ……
まぁ時々、散歩中には別の犬に吠えられたりするけどね。


そして、この短い期間で、

僕は地球が大好き好きになってしまった。
もう何百年も生きてきて、いろんな星を巡ってきたけど、

こんな気持ちは初めて。
いま悩んでいて、調査にも困っている。
どうも、各国にいる仲間も同じみたい。
“どうしたらいい? どうしたらいい?”
僕たちは地球を失くすために来たようなもの。

ジレンマの毎日だよ。

地球に来て五年近くの時が経った。
あと七日間で最終の報告を宇宙司令に送らなければならない。
仲間からの報告も、ほぼ出揃った。
他国とばかりではなく、同じ国内での諍い、

人種差別、国や個人の利権のための戦争。
AIによる殺戮兵器。富を得るための殺人。

弱者、貧困者へのいじめ。
名を明かさない者の誹謗中傷による自殺。
性別や人種による差別や偏見。
自然破壊。新型ウイルスの発生と感染拡大。
などなど、ひどい報告ばかり。
ほぼすべてが人間の欲望と利権がからんでいる。
もちろん人間同士の助け合い、動物への愛、絆、慈悲といった、
僕たちが、たぶん過去になくしてしまった素晴らしい感情を

たくさん持っていることもわかっている。
ほとんどの仲間は否定的なレポートを上げてきた。
このままでは地球は宇宙の悪となってしまう。
選択は二つしかない。

短期で修正をかけられる可能性を見出すか、
いつものように消してしまうか。
しかし、ほとんどの仲間は状況の悪い報告をしながら、

自らの結論を出せずにいた。
自分たちの置かれている環境を考えると、

無情な結論は出せないのだ。
地球は膨大な種の意思を持ち、

人間は多様であまりに複雑な感情を持っている。
でも修正は難しいだろうというのが、一致した意見だった。
僕は困った。
そして、もうしばらくしたら……

僕もこの地球を離れなければならない。

(以降、23日掲載予定の第5回に続く)
 

おはようございます!

『宇宙犬マチ』第3回をアップします。

少し長いですが、

お読み頂けると嬉しいです。

ご感想やご意見お待ちしております!

カッピー

 

『宇宙犬マチ』 第3回

Ⅲ 別れ ヒロキ


 いずれにしても、二匹となったワンコ生活は慌ただしいものの、楽しい日々であった。マチが我が家に来て四年後の初冬――。
 数日前に公園ではしゃいでいたハッピーの調子が急におかしくなった。少し咳みたいなものをして、だるそうにしている時がある。マチは何度も体調が崩れたし、出来物ができて、手術をしたりとかを繰り返していて、それを心配そうに見ていたハッピーだったのに、何だかおかしいと思い、すぐに病院に連れて行くと、心臓が肥大していたため、薬を飲むことになった。僕はさほど心配はしていなかった。ハッピーはすぐに翌日には普通に散歩にも行くようになったし、食欲も含め普通に戻っていたからだ。
 しかし仕事上の会食があったため帰りが遅くなった十一月二日。十一時過ぎに自宅に戻ったら、いつものように玄関のところにハッピーが待っていた。しかし呼吸が苦しそうで、ゼイゼイしている。普通ならどんなに遅く帰っても、夜の散歩に行くのが日課だったが、その時ハッピーは行きたくないという意思を示した。マチは散歩にはさほど執着がないので、散歩は行かないことにした。
 その後すぐに彼らに食事を出したのだが、ハッピーはまったく口もつけずに、どんどん呼吸が荒くなり苦しそうな表情になっていく。なんとか病院からもらった薬を飲ませようとしたが、それも拒否された。僕は焦って、すでに夜中となっていたにもかかわらず主治医の先生の携帯に電話を入れた。もう時間を気にする余裕はなかった。十回の呼び出し音がしたところで、切ろうとした時に。先生が出てくれた。ハッピーの症状を早口で伝え、薬も飲んでくれないことを話した。先生はいま遠くにいて、近くの救急病院を紹介してもいいが、自力で歩けるようであれば、明日病院に来てもらった方がいいだろう、とアドバイスをくれた。僕もけっこうお酒を飲んでいたこともあり、車での移動も無理だったので、ハッピーの様子を見ながら、明日早朝に起きて、いつもの動物病院に向かうことに決めた。
 ハッピーは苦しそうであったものの、自力で僕のベッドに這い上がり、僕の目を見てハアハア言っていた。私はそれを見届けると、酒の勢いあり、そのままハッピーとマチにおやすみを告げて、そのまま寝てしまった。
 次の日の早朝、まだ少し酒が残っている感じで五時くらいに目が覚めた。部屋の中はまったくの無音であった。すぐに嫌な予感がして、薄暗い中、ベッドの足元を見るとハッピーが横たわって寝ている。「ハッピー!」と呼んでみたが、まったく反応がない。すぐに飛び起きてハッピーの身体に触れる。冷たく硬くなっていた。柔らかく温かい感覚を予期していたので、僕心も凍りついた。夢であってくれ……とハッピーを抱き上げると冷たく硬く、まったく動かない。「ハッピー逝かないで!」と叫びながら何度もさすってみたが、冷たいまま魂が戻ることはなかった。思わず涙が溢れ出てきて、何がなんだかわからなくなった。少しでも温めてやりたくて、彼を布団に入れて、なでながら添い寝をした。ハッピーは目を開けていて苦しんだ感じはなく、今にも起きて舐めてくれそうだった。僕はずっとずっとなで続け、「ハッピー、ごめん、ごめんよ!」と何度も声をかけた。
 その日は、どうしても外せない取材があったため、仕事に行かなければならなかった。夜勤を終えたリサがすぐに来てくれるとのことであったので、彼女にあとは任せて、マチ一人の散歩を終え、マチと二人で食事をとって自宅を出た。
 通勤電車で座っていても、知らないうちに涙がこぼれ落ちてくる。悲しいという感覚を超えた体験したことのない感情が何度も襲ってきていた。うわの空のまま取材をなんとか終えリサと連絡を取りながら、午後早めに自宅に戻れるようにスケジューリングをした。動物病院にも報告の電話をかけた。先生は一瞬絶句したが、「きっと治療をしても苦しむだけだったと思います。きっと苦労を掛けないようにと思って逝ったのですよ」と言ってくれた。少しだけ心の荷が下りた気がした。また涙が溢れた。そして、動物霊園を紹介してくれたので、それを携帯電話でリサに伝え、連絡を取ってもらった。彼女は気丈にふるまってくれていた。僕は遺影となるハッピーの写真を携帯からプリントして、自宅に戻るとマチが出迎えてくれた。彼は何が起こっているのか理解しているのだろうか?
 リサのおかげで、すでに葬儀の手配も済んでいて、翌日お迎えが来て、ハッピーは火葬されることになった。ちょうどリサも仕事が休みであり、僕も連休を取ることにした。ハッピーは大好きだったマットの上で静かに横たわっていた。マチは、ハッピーの口元と身体をずっと舐め続けていた。「なんで起きないの?」と言っているかのように、喋りかけてもいた。その姿を見ると、さらに悲しみが増大していった。
 マチは夕ご飯の後も、ハッピーをずっと舐め続けた。一瞬も離れることもなく。「マチ、もうハッピーは起きないよ」と言っても……。まるでハッピーの魂を自分の中に取り入れようとしているようであった。その姿を見ると、僕たちはまた悲しい気持となり、涙をこらえきれなかった。

 翌日、車が迎えに来て、ハッピーと僕たちとマチがそろって深大寺の霊園に行き、最後のお別れをした。火葬されるのを待つ時、マチが我が家に来て、ハッピーと初めて車でお出かけしたのがこの深大寺であったことを思い出した。
 あれは晩秋、マチがだいぶ我が家に慣れた時に、二人を連れて、深大寺にお参りに来たのだ。もちろんリサも一緒で。深大寺は犬も連れて入れる厄除けのお寺。みんなの健康と無事を祈るために出かけたのだ。
 お参りを済ませ、犬も一緒に入れる外の席がある蕎麦屋で、お昼を食べてから、その近くの神代植物公園の出入口の方に歩いて行った。そこには落ち葉がいっぱい積もっていた。歩くとカサカサという音が楽しかったのだろう、二人は、はしゃいで走り回ってじゃれ合っていた。その光景が、フラッシュバックのよう目に浮かんできた。その近くにある深大寺動物霊園にて、ハッピーが天に送られることになろうとは……。そんなことをリサと話していたら、また感傷的になってしまった。
 ハッピーは一時間もたたずにお骨になった。霊園の担当者が、それを見てどの部分の骨化を丁寧に説明してくれながら、骨をリサと二人で壺に納めていった。そして小さなキーホルダーになっている金属のカプセルにシッポの骨の一部を納めて、いつも散歩に行くバッグに付けることにした。これで、毎日一緒に散歩ができる。
 マチはその間、僕たちと一緒にいい子で待っていてくれた。すべてが終了すると、再び霊園の人に車で自宅まで送ってもらい、三時間程度でハッピーの見送りは終了した。マチは家に戻ると、何かを探しているように、あちらこちらの匂いを嗅ぎまわりながら、時々止まって悲しそうな表情をしているような気がしてならなかった。それから、マチだけのワンコ生活が始まった。


四 情報 マチ

僕たちはどうして犬に宿ったのだろう?
人間になってしまえば、もっと楽に地球のことがわかったのではないか?
でも犬であれば、人間を客観的に見ることができる。
それに感情に支配もされないし、
短い間にいなくなっても不自然じゃない。
きっと、いなくなったら、おとうさんとおかあさんは悲しんでしまうだろうけど。
ハッピー兄さんの時みたいに……。
それを思うと辛い気持になる。初めての感情だ。

おとうさんは僕を連れて、いろんな所に行ってくれる。
車に乗ったり、自転車のかごに乗ったり、ある時は電車に乗ったり。
公園に行ったり、人がたくさんいる繁華街に行ったり、
犬がいっぱいいる所に行ったり。
今日は人がたくさんいるにぎやかな街に来て、
外に出されたテーブルでランチを一緒に食べた。
公園とは違う匂いがする。
特に食べ物の匂いや香りは複雑なもの…。これらを記憶する。
自然の匂いや香りは何となくわかる。
他の星でも体験したことがあるし、記憶に残っている。
でも人が食べるものの香りは、全くの未体験で、ついつい興味を持ってしまう。
そして、つい食べたくなってしまう。こんなことも初めてだ。
食欲、嗜好、味覚というワードも覚えた。地球に来てからね。
食べる喜びや感動―-そんなものがあるなんて。
でもおとうさんたちが食べるものは、僕たちはあんまり口にできない。
僕たちの身体に悪いんだって……それが残念でならない。
魅惑に負けて、こっそり食べるわけにもいかないしね。
今日も一日が終わって疲れてしまって、ウトウトしてしまう。
おとうさんも疲れたのと、さらにお酒を飲んでいい気分になって、一緒にウトウト状態。
この時が、なんだかたまんなくいいんだなぁ。
しばらくして、おとうさんはが「おやすみ、マチ」と言って、ベッドに向かう。
僕もその寝室にある犬専用のベッドに乗っかって、寝る。
でもね、実は今夜は活動をしなければならない。
お昼に、その分お昼寝をしているから大丈夫。
さっそく、おとうさんがいびきをかきはじめた。
さあ、本来の行動へ!
こっそり寝室からリビングルームへ移動。
パソコンと呼ばれる原始的な端末に、

額の間から伸びる触手を差し込んで、
地球上に流れ出る全ての情報を入手して、学習して記憶する。
防御ソフトなんか瞬時に消して、どんなところにも入り込める。
ここのところ人の命を脅かす新型のウイルスが次々と世界中に広がっていて、
それが原因で、さらにいろんな人種がいがみ合っている。
ついにはある国で侵略戦争も起きてしまった。
かつてない危機的な状況といってもいいかもしれない。
戦争なんかやっている場合じゃないよ!
ネット上には、誹謗中傷のワードがたくさん表れる。
なんでなんだろう? という気がしてしまう。
こんな時は、人間たちが共同してウイルスに立ち向かうべき。
でも、各国のトップは自らの国や個人の利益や利権を優先している。
もちろん対抗する人はいるけど、力で抑え込まれている。
これには呆れるしかない。
でも、ウイルスの感染予防のため、人々の活動が少なくなり、
地球環境にとっては良い状況が生まれている。
ますます人間がいない方が……という情報が集まりつつある。
他の国にいる仲間たちからも続々と情報が集まってくる。
どれもこれも同じようなもの。
この情報をまとめて宇宙司令に送ったら、その結果は間違いなく……アウト!
美しい自然を持つ地球は消え去ることになるだろう。
仲間からのレポートは本当に散々なものばかりなんだ。
しかしその反面、宇宙犬になった世界中の仲間はみな同じことを言ってくる。
飼い主たちは優しく、とてもいい人たちだと。
実際、僕の飼い主のヒロおとうさんとリサおかあさんは、とってもいい人。
もちろん粗相をしたり、いたずらをしてしまうと怒られてしまうけど、すぐに優しい顔に戻って、ナデナデしてくれる。
いろんな所にも連れていってくれるし、
体調が悪いと病院にもすぐに連れて行ってくれる。
そうそうおかあさんが不在で、

おとうさんが海外とか遠くに仕事に出かける時は、
僕が子供の時から通っている病院でお泊りするんだけど、
獣医の先生も看護師さんも、とっても親切。
僕の体調が悪い時なんか、自宅まで連れて行ってくれたり……。
とにかく親切で優しくて、大好きなんだ。
まあ、診察される時は、宇宙犬というのがバレないが冷や冷やものだけどね。
それと注射はちょっと苦手さ。チクッとされるのがなんともね。
あと宇宙犬だから、ちょっとした刺激物に弱いんだ。
皮膚にいろんなものができてしまう。
一度出来物が大きくなって化膿してしまって、

切除することになって、麻酔というものをされたら、精神が離れてしまいそうになったんだ。
おとうさんとおかあさんが、

心配してすぐに来てくれて、大変だったけど、
なんとか保つことができて、そのまま宇宙犬でいられたんだよ。
こんな、優しい人たちに囲まれて、僕は幸せさ。
僕は、他人への<親切>という言葉が好きなんだ。
おとうさん、おかあさん、大好きだよ!
こんな感情があるなんて信じられない。
僕たちの星や種にはない感覚――
これを学べば、大昔に自分たちが失ったものを取り戻せて、
未来はもっと豊かに過ごせるのかもしれない。
過去には、他の宇宙種がそれを獲得しようとして、人を拉致したこともあったらしい。
僕たちは報告を作るだけだから、決して人を傷つけないけどね。

この地球と人間たちが宇宙の脅威になるのか?
僕にとって大切な人、そう家族ができてしまった。
正直、僕は最近悩んでいる。“地球を救いたい”という気持ち……
もちろん宇宙全体の無事が最優先なんだ。
冷静になれない日々が続く中、情報を集め、分析を続けている。

(以降、19日掲載予定の第4回に続く)