おはようございます!
『宇宙犬マチ』第5回をアップします。
今回もよろしくお願いします!
カッピー
『宇宙犬マチ』 第5回
これまで、本当に幾多の星に調査員として派遣された。
そのほとんどが、すぐに結論を出せたんだ。
それによって、いくつもの星と生物が消えていった。
この結論に躊躇はなかったし、後悔もなかった。
常に冷静な判断をしてきたつもり。
でもこんなに迷い混乱するなんて、僕も信じられない。
いくら悩んでも、犬だから表情に出ないのがいい。
「マチ、今朝は変な寝言を言っていたよ。何を喋っていたの?
まさか宇宙との交信をしていたんじゃないよね?」
って、おとうさんが急に言い出した。
僕はびっくりした! “バレた? まさか”と思いおとうさんを見る。
微笑んでいて邪心はまったく感じられない。
ホッとしながら、おとうさんに近づいて、指をなめる。
「マチは、いつもしゃべっているからね。なんか怪しい夢でも観ていたのかい?」
と、おとうさんは話しかけ、すぐにパソコンに向かって仕事の続きを始めた。
おとうさんの仕事は編集・ライター。
取材に行ったり、インタビューをしたり、写真を撮ったりして、パソコンで文章を書いて、
ネット上のメディアや雑誌に載せているんだ。
文字……僕らの世界にはすでにないもの。
僕たちは生まれてから、考えたことをそのまま意思として、頭から発信できるんだ。
時々、僕をネタにしてブログとしてネット上にアップしているみたい。
もちろんワンコとしてね。
宇宙犬として書いたらスゴイ反響になるかも? なんて思ったりもする。
あと、小説という、まとまったものも書き続けていて、今まで二冊ほど刊行しているんだって。
ちなみにリサおかあさんは、遠方で看護師をやっていて、家に戻ってこない日も多いんだ。
僕は、時々仕事中のおとうさんにちょっかいを出す。
近くでへそ天になったり、おもちゃを持ち出して、「ワン! ワン!」とかね。
だいたい付き合ってくれるんだよ!
さっきも椅子に座っているおとうさんの足をカリカリして、
プフプフ鳴るおもちゃ投げをしてもらっちゃった。
このところ運動部不足だし、楽しかったぁ~
こんな日がずっと続いてくれたらいいのに……なんて思うこと自体信じられない。
“幸せ”っていうのは、こんなことなんだと思う。
時折おとうさんは僕に言う。
「マチと一緒にお酒が飲めて、話ができたらいいのになぁ……」って。
実は僕はもう日本語はもちろん、世界中の全ての言葉をマスターしているんだ。
だから、おとうさんの言葉を理解して喋っている時もあるんだよ。
ただ犬の声帯が、人間の言葉を喋るのに向いていないだけ。
かといって、おとうさんの頭の中にいきなり話をしたら、どうなってしまうのだろう?
だから、我慢しているんだ。本当は話をしたいんだよ、おとうさん。
でも、お酒はちょっと……。
なんでアルコールを体内に入れて喜んでいるのかな? 僕には理解できないことのひとつ。
しかも地球のお酒はとても種類が多くて、造り方も、材料も違う。
アルコールを飲む文化には出合ったことはあるけど、こんな複雑な体系は信じられない。
頭の中がいい気分になって、考えが活性化したり、いろんな辛いことを解消できるんだって。
おとうさんは、お酒を飲んでウトウトしている時がある。
「これも、いい気分なんだよ」って言っている。
なんという非効率!
おとうさんはウイスキーというハードなお酒が好き。
度数が四十~六十度くらいあるんだ。
しかも樽で熟成させて五年以上も、できるまでかかるんだって。
ますまず謎だらけ??
僕も興味を持って、匂いを嗅いでみたんだけど、いきなり眩暈がしてしまったよ~
脳に直接刺激を与えて、覚醒すればいいんじゃないかな?
しかもお酒は楽しい時ばかりじゃなくて、幸せな時、辛い時、悲しい時……
いろんなシーンで飲むらしい。ますます理解できない。
気分も紛らわす時にも――。
そんなことを考えていたら、眼の前でおとうさんがウトウトし始めて、
僕もつられて眠くなってきた。
もう寝ようよ! おとうさん! って腕をカリカリしてみる。
ああ、今日もいい一日だった……。
七 結論 マチ
最終の宇宙司令への報告まであと三日。
地球上にいる三十人もの仲間からの報告は全て届いてきている。
その結果は、だれが見ても明らかだった。
でも、でも……
みんなの報告には注釈が付いている。全てにね。
その多くは、彼らが詳細に調べた国のトップたちには、利己主義が蔓延していて、
このままいくと地球は近いうちにもっと大きな戦争を起こし、破滅に進む。
そして間違いなく宇宙も巻き込んでいく、というもの。
しかし、優しく、愛情が深く、平和を求めている一般の人たちがほとんど。
これが、全ての報告書に共通していた。
仲間は冷静なリサーチャーばかり。
しかし、これをどうわかるように報告すればよいのか。
ますます“?????”がたくさん付いてきた。
最終判断は、僕を含めた三人に託されていた。
ミーティングが今夜開かれる。
その前に自分なりの結論を出しておかなければならない。
僕はどうにも考えがまとまらずに、家の中をウロウロ歩き回っていた。
いずれにせよ、結論は二つしかない。
地球を消してしまうか、存続させて大幅な修正をかけるか。
たいてい“悪”とみなされた星は、全てを消し去ることがほとんどだった。
そのため、かなり昔に強力な破壊装置が、すでに地球のマントルの部分に埋め込まれている。
いままで、僕が調査した星は、全て消えてなくなっていた。
修正が成功したという話は、一回も聞いたことがない。
「マチ! 今日は落ち着かないね。どうした?」っておとうさんが言う。
僕は、ごまかすためにおとうさんに喋って、手を舐めて甘える仕草をした。
おとうさんは、僕の頭をなでて、
「もう少ししたら、夕方のお散歩に行こう」と、言ってくれた。
僕はシッポを振り、寝室に行って床に横になった。
冷静にならなくてはいけなかった。
その日おとうさんは、仕事を早めに切り上げ、夕方明るいうちに散歩に出た。
だんだん日が長くなってきていて、暑さも感じられる。
もう夏が近いらしい。
四季――。こんな素晴らしいものがある地球の日本。
ほぼ同じコースを歩いているのに、毎日のように新しいものや匂いを発見できる。
今はかなり切羽詰まった状態だったんだけど、外に出たら、
ジャスミンンの香りで気持ちがほぐれた。
帰って、早めに夕ご飯をもらい、おとうさんの夕ご飯もさんざんおねだりしてから、
夜の十時くらいに寝室に行って専用のベッドに横になった。
でも僕の頭の中は三日後のことでいっぱいだ。
修正の可能性はあるのだろうか? その場合、どのようなステップになるのだろうか?
すでに過去の事例を調べてみたのだが、検索してもなかなか出てこない。
それだけ数が少ないのか? うまくいかずにデータを消去されてしまったのか?
夜中にゆっくり調べてみよう、と思いながら考えを止めたら、急に眠気が襲ってきた。
ここのところ夜はほとんど寝ていない。
仲間からの報告は膨大で、それをチェックするだけでも大変なんだ。
それらをまとめて理論的に結論を出さなければならない。
あと三日……夢の中へ入っていく――。
八 検索 マチ
そしておとうさんに、それを伝えると、おとうさんは真っ赤になって怒り出す。
「お前のせいだ! 裏切り者!」と。
僕はどうしようもなく無言で伏せをしていた。
しばらくするとおとうさんは冷静になって
「この地球は、いまの状態だったら、なくなってしまった方がいいのかもしれない……」と言い出し、再び涙を流す。
それから僕の頭を優しく撫でて抱き上げてくれる。
僕は悲しくてやりきれない気持になって、眼から水分が流れてくる。初めての体験――。
そしておとうさんは僕を抱きしめてくれて、
「今まで一緒にいてくれて、ありがとう。ずっと一緒にいれるものだと思っていたよ。
でも、それが、地球の運命なんだね。消すなら、早く消しておくれ」
おとうさんの穏やかな表情を見るとまた目から水分が流れ出した。
僕は本来の姿に戻ろうとしたが、戻れない。
「ごめんなさい」と一言、やっとのことで言葉として出た――
そこでビクッとして目が覚めた。
それはいつもの自分のベッドの中。
近くにおとうさんのいびきが聞こえた。
「ああ、よかった。まだ地球は消えていない」という安堵感。
しかし間もなく現実になるかもしれない。
これからそっと起きて、仲間から送られてきた報告を分析しなければならない。
と思って足を伸ばしたら、おとうさんが急に声を出した。
「いま何かを言っていたみたいだけど……」と。
慌てて僕は大げさな伸びをして、おとうさんのベッドに這い上がった。
そしておとうさんの左腕を枕にして、横になり、掌をペロペロと舐めはじめた。
すると「マチ、ありがとう。もういいよ」とおとうさんは寝返りをして、寝息を立て始めた。
三十分くらい我慢して、おとうさんの寝顔を見ると幸せそうな表情をしている。
なんだか、急に悲しくなってしまった。これからのことを考えると……。
でも、期限が迫ってきている。仲間からの報告を分析してまとめなければ。
おとうさんを起こさないようにして、そっと起き上がり、
そろりそろりとベッドを降り、リビングルームに向かった。
今夜はおとうさんのタブレット端末を使わせてもらおう。
額の中央から触手を伸ばして接続部につなぐ。
あまりにロースペックの機器だが、ネットワークを使うのには問題ない。
頭の中に膨大な地球の情報が入っている。
それと仲間からの報告を照らし合わせて分析をしていく。
地球上のどの地域が危険なのか? どの人物がキーマンなのか?
宇宙への危険度はどれくらいなのか?
それらを解析しシミュレーションしていくと……
どうしても悪い方向に結果が出てしまう。
何とか回避方法を試みる。何度も何度も……。
救うべき価値はあるのか?
修正の可能性はあるのか?
独自にリサーチする。
そして、ほぼ結果が出た。もう朝は近い。
結論は最悪のものだった。
地球の存在が宇宙全体に悪影響を与えることは間違いない。
しかも、間もなく壊滅的な影響を与え始める。
五年以内という予想だった。
人間の存在が、地球を誤った方向に向かわせている。
しかし、人間だけを消しても、
今度は地球の生態系が大きく崩れてしまい、
いずれにしても地球はなくなる。
修正の可能性を探ってみる。
その結果はコンマゼロゼロゼロ一%以下というもの。
僕はわかってはいたものの、大きなショックを受け、悲しみに打ちひしがれてしまった。
“人間は宇宙にとって悪”。いずれにしても地球に未来はないということを示していた。
あまりに辛い結論であった。
これを最終レポートとして宇宙司令に送信すれば、
すぐに地球を消し去って、次の任地に向かうように指令が出ることは間違いない。
マチという宇宙犬も死に、おとうさんもおかあさんも死ぬ。
ああ、どうしたらいい?
もうすぐ太陽が昇り、朝が来る。
そして、いつものようにおとうさんと散歩へ行く時が……。
(以降、26日掲載予定の第6回に続く)