『宇宙犬マチ』 第13回! | ハッピーなマチ日記+セイ

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元気すぎるヨークシャーテリアの兄弟の日々を綴ったブログでしたが、ハッピーもマチも虹の橋に旅立ちました。そしてセイくんが我が家にやって来ました!

いつも『宇宙犬マチ』を

お読み頂き、有難うございます。

第13回をアップします。

よろしくお願い致します(^.^)

カッピー

 

『宇宙犬マチ』 第13回

 

Ⅺ 突破口 ヒロキ

 リサの葬儀は、ウイルス感染予防の関係もあり、僕とマチが立ち会っただけとなった。しかし、多くの人がオンラインで参列してくれて、その数は予想をはるかに超えたものだった。そして次から次に入ってくるメッセージ。こんなにたくさんの温かく、愛に満ちた言葉の数々……。僕はリサがこれまでやってきたことの影響力と大きさを初めて知ることになった。多くの人々に感謝され、惜しまれて、リサはハッピーのいる虹の橋のたもとに旅立ったのだ。
 隣にいるマチはリサの写真をじっと見続けて、決して視線を外さない。オンラインで流れる長いお経の間、ポンと彼の頭に手をあてる。僕を見たその目は、明らかに悲しみに沈んでいた。「ありがとう、マチ。リサは幸せな人生だったと思うよ。マチとハッピーがいれくれたおかげさ……」と小さくつぶやき、頭や胴を何度も撫でる。すると頭の中にこんな言葉が浮かんできた。“間に合わなくて、ごめんなさい”と。それが何を意味しているのかはわからないが、マチがそう言っている気がしてならなかった。

 僕と大学病院に送られたメール同じものが、世界中の研究者や医師に送られていたのを知ったのは、しばらくたってからだった。そして、そのメールを元にして急遽ウイルスの治療薬が開発され、しばらくするとウイルスによるパンデミックは収束に向かっていった。突然のメールにより、以前のように薬の開発を誰よりも先行しようとしいがみ合う状況も解消し、人類は再び手を取り合って平和への歩みを進むことになった。
 ウイルスの特効薬を見出したとされる研究グループは、世界の人々から賞賛されたが、なぜかその実態はどんなに探っても明らかにならなかった。そのまま、その研究者たちの手掛かりすら見つからずに、ついには“神様からの贈り物か、宇宙からの贈り物か?”という話まで出て、捜索騒動はしばらく続いたもの、次第に多くの人の関心事ではなくなっていった。
 僕はそれでいいのではないかと思えてならなかった。誰であろうと、地球は良い方向に進んだのだ。マチはその研究者捜索のニュースをやっていると、耳をそばだてて聴いていることが多かったのがなんとなく不思議ではあった……。

十七 邂逅 マチ

凶悪なウイルに感染したおかあさんの具合は悪くなっているようだ。もう時間がないことは明らかだった。
ウイルスの組成データを地球と宇宙全体のあらゆるデータと照合し、事例を探り続けた。
僕と仲間は、夜通しで、その作業に明け暮れた。
その数は億単位の数にのぼった。その間でも、おかあさんは、日に日に重症化していく。
二日目、中国にいる仲間が、やっと同様な事例と対処方法を見出した。この事例の精度を確認すると八十一%と出た。
たぶん大丈夫だろう。すぐにおかあさんの入院している病院のパソコンにアクセスし、主治医に匿名でメールを送る。間に合ってくれ! 僕は柄にもなく初めて“神”に祈った。メールのデータは、架空の人物を、様々な業績を上げた研究グループとして作り上げ、怪しまれないように、送信した。こんなことはいとも簡単なことだ。すぐに実行した。
そして、自宅にいるおとうさんのメールアドレスにも送信した。良い方向に進むことを期待しつつ……。
夕ご飯の後しばらくしておとうさんのスマートフォンが唸った。嫌な予感がした。
すぐに緊張したおとうさんが対応する。そして画面に向かって語りかける。「僕だよ、リサ、よく頑張ったね。僕の誇りだよ」と呟くように話すおとうさんの頬に水滴が伝って光っている。「はら、マチもいるよ。だから…頼むから行かないでくれ…」。僕は向けられた画面を覗き込んだ。そこには無数のチューブにつながれた、おかあさんがいた。「愛しているよ、リサ!」とおとうさんは大声で唸るように叫ぶ。その時スマートフォンから、“ピーピーピー”とけたたましい警告音が鳴り響いた。僕は、画面に向かって「ワン!」と吠えた、と同時に画面が大きく揺れ天井のようなものが写った。慌てて何か作業をしている音だけが数秒して通話が途切れた。おとうさんは、スマートフォンを投げ出し、ソファーに突っ伏して、「アーアー」と動物のようなうめき声を上げていた。
間に合わなかった、という思いで、僕はどうしたらいいのかわからなかったが、無意識におとうさんに近づき、涙に濡れた頬をペロペロと舐め始めた。塩っ気のある悲しい味がした。それがしばらく続き、いきなりおとうさんが僕を痛いくらいに抱きしめた。そして「リサが天に召されてしまった」とポツリとつぶやき、僕をさらに強く抱きしめた。おとうさんの激しい鼓動が聞こえる。何か声を送ろうかと思ったが、やめてまたおとうさんの手を舐める。その時、今まで体験したことのない感情が背中から這い上がってきた。“悲しい”という感情……。初めての感情だった。それが、頭脳まで到達して、“クゥーン、クゥーン”という声となった。それから、眼の前がひんやりしたと思ったら、水滴が両目からこぼれ落ちた。視界が歪んだまま、おとうさんを見つめていた。間に合わなくてごめんなさい……
おかあさんはおとうさんに会えずに天に逝ってしまった。全ては凶悪なウイルスのせいだ。
しばらくして行われた告別式に出席したのは、体調が優れないおとうさんと僕だけだった。親族などは、ウイルス感染の危険性から参列することは許されなかった。しかし、遠くに離れたところやオンラインでも、たくさんの人がお見送りしてくれた。
おかあさんはどれだけの人を救ったのだろう? その感謝の気持ちのようだった。僕には信じられない光景だった――。


告別式を全て終えて、自宅に帰るとなんだか部屋が広く感じられた。おとうさんが「寂しくなったね、マチ」と言って、僕の頭を優しくなでてくれた。その手はとても温かかった。家族を失うということ、悲しみと寂しさ……身をもって知り、体験することになった。心が痛み、辛かった。

僕たちが考え、病院や研究機関に送った抗ウイルスワクチンの処方は、合成され感染者に投与された。すぐに効果が確認され、あっという間に世界中に広まった。
高調波を発進したために、以前のように人間は活発に活動も移動もあまりしなくなっていた。そのため、致命的なパンデミックが起きる前に、収束することができ、死者もそれ以来最小に、抑えることができた。
ワクチンの開発者に称賛の声が寄せされたが、同時に何人かが見出したことになっており、その実態はわからずじまいのように仕組んでいた。
僕は優しいおかあさんのことを時々思い出し、また会いたい気持ちがいっぱいとなった。
おとうさんも同じ。ボーッと過ごすことが多くなったが、おとうさんと眼を合わせるだけで、気持ちが分かり合えるようになった気がした。

(以降、1月28日掲載予定の第14回に続く)