私の解釈は・・・
あやです。
「 吾 唯 足 知 」
私の解釈は、
自分の身の丈を知る。
どんなに素敵な洋服でもブカブカだったり、ボタンが留まらなかったらおかしいですよね。
自分の力量や裁量をよく知る。
それ以下で満足しない。
それ以上は欲張らない。
そんな感じかな。
私はまだ自分のサイズが分からないです。
あ、でも私もこばさんもまだまだ成長期って感じですよね( ̄▽+ ̄*)
吾唯足知
こばさん です
あやのブログを読んでて、この言葉が浮びました
「 吾 唯 足 知 」
われ ただ たるを しる
この言葉は、人それぞれ解釈があると思いますが、
僕の解釈は
他と比較することなく、自分の「ある」に気づき感謝し
それをエネルギーとして、社会に価値を生み出していくこと
「ある」がどんなに小さくても、きっと何かの役に立てると信じて
行動していくこと
まさに、ハピサクの共存のステージの言葉だって思ってる
地球の環境問題などを知れば知るほど、
無力感に襲われることもありました。
でも、なにもしなければ
なにも変わらない
だから、今は 目の前のことに全力を尽くそうと思ってる
「ある」にフォーカスして、自分らしく
世界がもし100人の村だったら
フジテレビの『世界がもし100人の村だったら』という番組を見ました。
貧しいアフリカの子どもたち。
学校に通うことができず、朝から晩まで働くある子どもの夢は、
お腹一杯ごはんを食べること。
内戦により、目の前で両親を殺され、1ヵ月もたったひとりで森の中をさまよい
しゃべれなくなった少年が2年ぶりに発した言葉は、
die (死んじゃった)
赤ちゃんのころ、ポリオの予防接種ができなかったために歩くことができない子ども。
なぜ僕はみんなと同じように走れないの?
それでも物乞いはしたくないからと手に職をつけるために頑張るひたむきな姿。
彼らの悲しみや苦しみを共有したり、分かち合うことなんて到底不可能だと思った。
想像することすら難しい。
仕事がどうだとか
太ったとかダイエットとか
そんなことを言ってる自分が恥ずかしい。
命の尊さはみんな同じ。みんな愛されて、生かされてるって思いたい。
だけど。やっぱり納得できないというか、やりきれないです。
彼らが私に何を見せようとしてくれたのか。
もっと謙虚に生きようと思いました。
あや