今日はマッチの日 | 相澤千咲のブログ ~パンダのしっぼは黒じゃない!~

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アラフォー女子による、(実は)ミーハーな日常

マッチ使える?

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家には昔から仏壇があるし、お墓参りで線香に火をつけたりと、マッチは使うので。ライターは持っていません。今でもたまに100均にマッチを買いに行きます。子どものときは「(マッチで)火遊びするとおねしょするで」と言われたけど、今の子どもたちはどうなのかな。年末の町内巡回では「マッチ1本、火事のもと」と今でも言っていたような。…展覧会で大正や昭和初期のマッチのパッケージを見たことがあるけど、デザイン豊富でおもしろい。昔は喫茶店のレジの横などにも、店名の入ったマッチが置いてあったのだけれど(広告マッチは1893(明治26年)頃から始まったのだとか…『日本の紙クズ―大正・昭和の庶民派レトログラフィックス― 野島寿三郎コレクション』より)。


なぜ「マッチの日」なのか。調べたら、1948(昭和23)年9月16日に、配給制だったマッチの自由販売が認められたからだとか。

『日本大百科全書(ニッポニカ)』では配給制度について、“日本では1938年(昭和13)綿糸配給統制規則によって国内綿糸の消費量が規制されたのに始まり、以後、39年の電力調整令、40年の砂糖・マッチの切符制、41年の米穀配給制、42年の衣料総合切符制と続き、日用品から生産資材に至るほとんどの物資が統制配給の対象となった。”とある…いくら戦中とはいえ、生活必需品が自由に手に入らない生活は大変だったでしょう。母の戦後の話(中学生のとき)としては、お釜でご飯を炊いているときでも突然「今から配給あります!」という話が回ってきて、配給場所に行かないといけない母親に「かまどを見てて、ぐつぐつ吹いてきたらこうして」などと指示されたとか(今のような自動の炊飯器なんてないものね(^_^;))。



…ということで、引越の際にわが家のタンスから発掘された「米穀通帳」です。それまでに有名無実化していたものの、廃止されたのが1981(昭和56)年って…(^_^;)



…配給じゃなくて話は変わるけど、塩の専売制が廃止されたのは1997(平成9)年だとか。スーパーでも買えるようになったのはいつからかは覚えていないけれど、私が小学生のとき、1980年代前半ぐらいまでは、塩を買いに行くのは酒屋さんで。昼間からオッチャンたちが立ち飲みしているところに行って、ガラガラと戸を開けたら注目されて、「あの…お塩ください」(小声)と言うのは、かなりドキドキしたものです(^_^;)。