来年(だったか?)喜寿を迎える母と行動すると、いろいろスローペースにならざるを得ない。
足腰が痛いから、と歩くのが遅い。
必要な書類をカバンにしまったものの、それをどこに入れたか探す羽目になる。無意識にポケットの方に入れていたり。
それ以外にも、ケータイ電話を携帯しないことがあったり。
身分証明書が必要かも知れないのに、保険証を持っているからと住基カードを家に置いていったり(案の定、診察券で構わないから、ともう一枚、確認された)。
仕方がないとは分かっているが、ついつい「どんくさいなぁ」と言ってしまう。
きっと私も、さらに歳を取れば、今のようには動けないに違いない。今でさえ、20代のころの活発さはない(だが多分、年齢の割には動ける方かも)。
その立場にならなければ本当の不自由さは理解できないのだろう。
高齢化以外にも、ベビーカーを押したママさんには、エレベーターのない駅は不便だろうな、とか。たとえエレベーターがあっても、改札出口が二ヶ所あるのに片方だけなら、かなり迂回する必要がある。また、駅の階段にエスカレーターができても、昇りばかりで下りがないが、実は下りの方が必要だったり。
バリアフリーやノーマライゼーションという言葉。そういえば、福祉住環境コーディネーターの勉強をしたときに、出てきたなぁ。