久々にどエグい表現をみせてもらったわ。

女優、土屋 咲登子×ダンサー、矢嶋美紗穂の二人芝居「蛇を踏む」。

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ここんとこ、どエグい表現から遠ざかっとったもんでいい刺激もらったよ。

見終わった後、しばらく声が出せんかった。

多くの声色を使い分けながらも魂の筋がズドンと通った芝居をする女優と、全く声を出さず体の隅々まで魂を沁み渡らせて表現するダンサーの強烈な引力に引き込まれてまさに蛇に呑まれた。

薄っぺらい事やっとる場合じゃないわ。

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この子が10代のころから知っとって、ハンサム兄弟のライブにも何度も来てくれとるけど、こんな大女優になっとるとは嬉しい反面、悔しいぐらいだったわ。

ワシももっとエグい唄をうたうし、芝居にも再挑戦することを決めた。

芝居かどうかわからんけど唄じゃないワシなりの表現。


下北沢ピカイチってハコで今週日曜まで毎日やっとるで全ての表現者は体感しに行くべし!



役者は自分じゃない誰かになりきる

唄い手は自分の生き様を唄に溢れさす


表現のベクトルは真逆

に見えて、根本は同じ


テレビドラマとかで何度か芝居させてもらったこともあるけど、あの時はこの大事なことに気づいとらんくて、出来もせんのに上手く芝居をやろうと意識しすぎて力を発揮し切れんかった

もし、また役者の仕事をもらえるなら、唄い手としての判治大介全開で芝居させてもらう


あんな異次元のテンションで唄っとるけど、唄い手としては常にナチュラルでありたいと心がけとる

でも、芝居がかった唄もありだと思った

昨日のライブはそれに挑戦してみた


アスリートの世界でよく言われる「ゾーン」という領域があって、唄い手も極々稀にゾーンに入ることがある

その時、ナチュラルでかつ芝居がかった唄がうたえとるんかも

俯瞰から自分を見れて、ちょっと未来も見えとる時があるんよな

自分が数秒後にあんなことをやるのが分かって、それを越えようと動ける不思議な時があるんよ


ふと昨日の芝居を見ながらそんな事を思った


下北沢ピカイチで今週日曜までやっとる土屋咲登子とダンサー矢嶋美紗穂の二人芝居「蛇を踏む」は表現者の端くれなら絶対見るべし!

全ての表現者に見てもらいたい


唄い手とざっくり書いたけど、唄い手には大きく分けて2つのタイプがある

一つは、忌野清志郎さんみたいに自分の感じたことを自分の言葉で唄にして魂を溢れ出させる唄い手

もう一つは、やしきたかじんさんみたいに他人が作った唄の主人公になり切って魂を込めて唄う唄い手


ワシは大きく分ければ清志郎さんタイプ

だで他人になり切る芝居は出来ん

でも逆に役の人物を乗っ取って自分にしちゃえばいいってことに気づいたわ


芝居やりてー