
一ヶ月以上間が空いてしまいましたが、
保安堂海衆廟レポートの続きです。


・・・とその前に、
再度高雄ツアーのご案内。
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◎夏至!台湾高雄開運浄化ツアー
期間:6/19.20.21 二泊三日

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実はこのツアー・・・・
「行きたいのに日程が合わなくて泣いてます

「他の日程でのツアー企画ありませんか?

なんと・・・
そんなお声をたくさんいただいてます。
ご、ごめんなさい・・・夏至ですもの・・・
みなさんお忙しいですよね

事務所開設記念ということで、
今回はスペシャル企画とさせていただきました。
同じような企画はちょっと無理かもしれませんが、
8月?9月?10月???に、
また企画ツアーをやってみようかなと
みはるこ先生と検討してみることにします。
今回参加できなかった方、ちょっとお待ちくださいね。
さてさて。
保安堂レポの続き開始です。

恥ずかしさで憤死しそうな私の気持ちを他所に、
流れ続けた涙がようやく止まると、
私はやっと落ち着いて
奉納された軍艦を眺めることができました。
この廟は保安堂と言われていますが、
詳細に言うなら『保安堂海衆廟』です。
海衆廟というのは、
つまり水難者の為の霊廟であり、
海で亡くなられた身元不明の遺体や、
遺体の残骸と思われるものを
御祀りする廟のことを言います。
台湾では、
漁師の網に遺骨やその他がかかると
海衆廟に祀る習慣があったのです。
その為、網にかかった日本兵達も、
この廟にて弔っていただけたのでした。
ところで「その1」で書いた、
、産經新聞の記事によれば、
廟で弔った後大漁が続いたとあります。
この海で出会ったほとけさまが
大漁を呼ぶというのは、
実は日本の漁師の間にも
言い古された習俗でした。
日本ではこれを
「流れ人」または「流れ仏」と言いました。
流れ仏
海に漂う溺死体(できしたい)。
漁民がこれに遭遇すると大漁の前兆として
手厚く葬る風習がある。流れ人(びと)。
(--デジタル大辞泉より引用)
船乗りや漁師の言葉で、海の水死体をいう。
地方によりゴロウジ(長崎県)、
ウミボトケ(高知県)など。
見つけた場合は必ず連れ帰るという信仰があり、
見捨てて帰ると不幸になるという。
連れ帰った流れ仏はこっそりと埋葬する。
この死体をエビスともいう。
(-- 世界宗教用語大事典 より引用)
水死人に神意を認める心意は韓国でもみられ、
引き上げる際船主や船長が
「陸地に埋葬してあげるから、
財運が少しでもよくなるようにしてください」と唱え、
つづけて「心配しなさんな、
魚はいくらでも捕れるようにしてあげるから」と
自問自答しながら引き上げるという伝承もある
(-- 恵比寿信仰サイトより)
このように見て行くと、
水死人が大漁を呼ぶという信仰は、
少なくとも朝鮮、日本、台湾と、
東アジアに広くみられたもののようです。
(汎世界的にかどうかは現在未検証です。ごめんなさい。)
日本においては
海の向こうからやってきて大漁をたらす神とされた、
えびす神の信仰と深く結びついていたようです。
さきの 世界宗教用語大事典 のエビスは、
恐らくえびす神との結びつきを示した言葉でしょう。
そして、移転前の保安堂においては、
少なくとも実際に大漁が続いたというのですから、
この「流れ仏」信仰は
あながち実態の無いものではないのかもしれません。
現実的に考えれば、
魚達が骸を餌として集まって来ていたのだろうと
なりますが(魚を飼っている方ならピンと来るかも?)
これが保安堂の場合、
すっかりお骨の状態になっているもの・・
具体的には頭蓋骨だけになったお骨を引き揚げており、
大漁が続いたというのですから、
やはりそこには、
不思議な何かがあったのでしょう。
保安堂に奉納されている日本軍艦は、
既に神として祀られている日本兵達が、
どうしても日本へ帰りたいとなった時、
この船に乗ってお帰りくださいと
紅毛港の人々がおさめたものだそうです。
いくら人々が大切に思っても、
神が生まれ故郷に帰りたいと思うかもしれないと、
船をおさめてくださったその気持ちに、
私は感謝の思いでいっぱいになりました。
後から聞いた話によれば、
現れた霊が語ったには
『日本海軍38号の艦長であり、太平洋戦争中に戦死したが、
自分の軍艦で日本に帰りたいので手助けして欲しい』と言い、
その為に日本軍艦の模型を作ったという話もあるようです。
1944年11月25日、第38号 旧樅型駆逐艦「蓬」が、
米潜「アトゥル」の攻撃でバシー海峡にて戦没しているそうです。
この蓬の艦長さんがこの靈なのかは
私の資料からは判然としませんが、
靈は生前「太田」という名前であったといい、
沖縄から出航したということまでわかっているそうです。
この軍艦の上にはたくさんの人形が乗せられており、
仕事をしている様子を現していました。
よくみれば、どれもみな少しづつ違います。
その人形達もみな、
高雄の海で沈んだ船に乗っていた
日本の兵隊さん達なのだそうです。
私は台湾の方々がしてくださったことを
この目でみて、
有難いの言葉しかありませんでした。
お参りを済ませ、
「ほあんどう」と平仮名の刺繍のされた
小さなお守りを買わせていただき、
次来る時には日本の物をお持ちしますねと、
心の中でもう一度手を合わせると、
帰るつもりで外へ出ました。
すると廟の方が何かを私に叫んでいます。
(なんだろう??)
なんと
私を草衙駅まで送ってくださるというのです。
「謝謝!!」
畑と民家の間を縫うように走るバイクの後ろに乗せられた
私の頭上を飛行機が通り過ぎて行きます。
広がる空。
ヤシの並木。
見知らぬ男性の汗ばんだ香り。
こうして私の小さな旅は終わりました。
実はこの夜、保安堂は私に、
ちょっとした余韻を残してくれたのですが、
一旦ここでお話はおしまいです。
もし保安堂へ行ってみたいと思われたなら、
タクシーで行かれる方は
行きのタクシーの運転手に拝拝が終わるのを待っているよう
お願いしたほうが良いでしょう。
この辺りでは少し歩いても
タクシーを拾うのはかなり難しい印象です。
(夜間はわかりませんが・・恐らく難しいでしょう)
また、バスを使う方は、本数も多く無く、
前を通らないルートもありますので、
あらかじめ帰りを含めルート確認をしておく必要があります。

<DATA>
鳳山(紅毛港)保安堂海衆廟
住所:高雄市鳳山區南成里國慶七街132號
交通:1) MRT紅線 草衙駅3番出口より
タクシー10~15分程(約100元前後)
2) 同駅より紅7番・69番のバスにて國慶六街で下車
徒歩2分程。
一口メモ:
☆参拝可能時間 6時~21時
☆ 拝拝の際の線香は一包み分。
☆近隣には飲み物を購入できるような所がありませんので、
持参することをおススメします。















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