それから1週間ほどあとの
有る早朝のこと
私は何かにまたもや起こされていた
時計を見るとやはり4時05分
例の時刻である

実は亡くなった祖父が現れたあの朝以来
起こされることがなくなっていた
耳鳴りも金縛りもその間起こることがなかったので
私はまた始まったのかと
少々うんざりし耳鳴りが始まるのを待っていた
4時に起こされるようになる前にも
同じように2時に毎晩起こされては
毎度毎度怪しいモノと接触していたので
このときも また面倒なことが始まったのかなと
ただただ うんざりしていたのだった

すると前回と同じように
天井がほのしろくなったかと思うと
高い上からまたもくるくると
影達が輪を描きながら降下してきたと
思うまもなく
布団の足元に白いようなグレーのような長衣を身に着け
そのフードを目深にかぶった集団が立ち並んでいた
一歩前に出てきた一人だけが
フードをかぶらずに顔を見せていて
それは誰あろう やはり母方の祖父その人だった

私を見下ろす祖父の瞳はとても厳しく
ある種冷徹とも思えるような色を浮かべていて
その視線の強さに私は
少したじろがされるような思いがしていた
するとこの間と同じように
声なき祖父の声が語りかけてきた

「○○(私の名前) 
お前は何も改めなかった 
今のままでは 
もうおじいちゃんと同じところへこれないぞと
あれほど言ったのに
お前は注意を聞かなかった
もうお前は
ワシと同じところへ来ることは出来ない
下の階層で死後過ごす事になるだろう
ワシとはもう二度と会うことはないだろう
死後もその先も
もう二度とお前と会うことは無い」

私は二度と会えないと言われて
ひどくあせりの気持ちが湧いた
私は祖父が大好きだった
幼い頃より誰よりも
無条件で唯一心を寄せられるただひとりの人
それがこの祖父だったのだ

「おじいちゃん!ごめんなさい!
今から 今から生活を改めるから!
ごめんなさい! 言うこと聞くから!」

しかし 祖父は感情のないような声でこう告げた

「遅いのだ
お前は与えられたチャンスをフイにしたのだ
もう遅いのだよ」

感情がこめられていないが故に
かえって下等なものに声をかけているような
その話し方が私の心を締め付けた
激しい後悔の念が沸き起こる
けれど 祖父はすっと
影の集団の中へ紛れて消えた

「おじいちゃん 待って! おじいちゃん!」

必死で呼びかけた私の声もむなしく
影達は来たときのようにくるくるとまわりはじめ
そのまま中空へと飛び去っていく
だんだんと遠くなる影の輪郭を目で追いながら
私はなんともいえない悲しい気持ちになっていた

その頃の私は
世間からみればまさに堕落という二文字へと
足を踏み入れはじめていた
祖父が叱咤に現れたときの
私の生活といえばまだ可愛らしいもので
その後に続くことになるあまりにも淀んだ生活は
身も心も完全に私を陰獣の世界へと追いやっていった
あのひどい生活をここで書く勇気が
私はまだ持てないでいる
有る人はその頃の私のことを
「日本で経験できる女の業全ての体現者」と呼んだ

それから祖父は二度と私の前には現れない
今なら祖父が言いたかったことが
理解できると思うのだ
あの時私がもっと強かったなら
自分を直視できていたなら
その後の人生は確かに変わっていた
祖父はきっとそれを教えてくれたのだと思っている

友人達に「お化け屋敷」と恐れられた
名古屋のこのアパートで
本当に様々な怪異は起こった
今思っても何故出て行かなかったのか
とても不思議なのだが
私もとてもこの部屋が怖かったのだ
怖くて仕方がないのに
引っ越すことは考えなかった
憑かれていたんだなと今ならわかる
けれど祖父とのこの出来事は
怪しい出来事だったとは思っていない
祖父が最後に私にしてくれた
学びのひとつだと思っている
長い長い地獄巡りの月日を経て
今の私はもう怪異のレベルでつながることが
殆どなくなった

そしてあの部屋を出てから
亡くなった父方の祖父が私を
祖父が管理しているという
旧ソ連領のとある地域を見せに
連れて行ってくれたことがある
高度何千メートルなのか
眼下には薄くたなびく雲があり
その雲の隙間から父方の祖父と私は
広がる大地を一緒に眺めた

この祖父とは生前殆ど話したことがなかった
生きているときのことで記憶しているのは
暗い部屋の中でじっと目を開けたまま
布団に横になっていて
その目が異様に光っていて怖ろしかったことくらいだ
だから私の中でこの父方の祖父は
とにかく怖いイメージでしかなかった

ところが雲に隠れて
一緒に下を眺める祖父は
とてもニコニコとして陽気で明るく
穏やかそのもので
体の内側から光り輝いているかのように見えた
並んで大地を見下ろしながら
管理とは何をするのかを説明してくれる祖父を
私は生まれて初めて愛しく感じていた
それまでの祖父に対する思いは
全てあの日にどこかへ消し飛んでしまった
この父方の祖父がいる階層が
母方の祖父が言うところの
私が行くことになる下とやららしいので
これなら下の管理階層とやらも
なかなか悪くないなぁと
私は随分と楽しくなったのを覚えている
それからも何度か祖父は私を連れにきてくれたが
最後に会ったのがもう4年ほど前になる
今なら聞いてみたいことがたくさんあるのに
こういうタイミングでは
迎えに来てくれないものなのだろうか
実際にあったら
聞きたいことなど忘れてしまいそうなのだが


母方の祖父と父方の祖父
あの世の二人の祖父たちの話でした