ここは台北 深夜2時の雙城街
全家と書いてファミリーマートと読む
日本でもおなじみのコンビニの斜め前に置かれた円テーブルで
私は途方にくれていた

テーブルの上には何本ものビールの空き缶が並んでいる
それどころかなんとアルコール度数52という
火をつけたら燃えそうな高粱酒の空き瓶ですら
足元にいったい何本転がっているのだろう
いくら南の国だとはいえ
さすがにこの時間ともなれば吹き寄せる風も冷たい
しかしそんな寒さすら感じないほど私は既に酔っていたのだ
そしてそんな私が無理だ できないとどれほど断ろうとも
漢方医だという彼女 宋老師はがんとして聞き入れなかった

「さあ この人を観てくださイ!」

宋老師が私の前に押し出した男性は
なんと先ほど私の顔をみて驚いた男その人だった
そうそれはその日の昼間のこと 
ここから地下鉄で3駅ほど離れた場所で
私と彼はすれ違っていたのである

たまたま私は温さんの友人との待ち合わせに
ほんの10分ほどある店の入り口にいた
そしてその店の奥の隅についたドアから入ってきて
そのまま奥のカウンターで何かをしているこの男性を
ほんの一瞬だけ私は横目でみたのだった

正直にいえば私は記憶力にはかなり自信がないほうだ
もともとはどちらかといえば記憶しているほうだったのだが
カミコトに関わるにつけどんどんと
ざるの目から零れるがごとく
私の記憶はまだらになってしまった
ましてや新しい物事を覚えるのには
ずいぶんと根気がいるのである
カミコトのせいにしてしまえば気も楽ではあるが
悲しいかな おそらくそれは年のせいなのだろう

それがである
昼間ほんの一瞬みただけの彼を
私は覚えていた
そして彼もまた私を覚えていたのだ
その上私に観てもらいたい人もまた彼なのだ

これはもはや私の意思とは関係ない 

私は観念した

「椅子を私の正面に向け もっと近づいて座ってください」

林というらしいその男性は
緊張のために強張ったような面持ちで
ぐいっと椅子を手で引き寄せるや腰をおろした
そんな私と彼を見つめる いくつもの瞳 瞳 瞳
そこにいる台湾の男たちはみな一様に
緊張と興奮をあらわにしながら
なかば食い入るような強烈な視線を浴びせてきていた

「林さんは結婚したイのにデキマセン 林さん結婚できますカ?」

ふうっと少しだけ大きく息を吐くと
やがて少しづつ私の中に「世界」が侵食しはじめる
そうして臨界点を超えた何かがすっと「ずれ」たとき
「私」が切り替わった
ぼーんと「世界と私」の位相は転じ
私は私でないものへと移り変わる
そのとき私の瞳は閉じて半眼になり
口も自力で動かすには非常に骨が折れるようになる

「あなた 女の生霊がついていますね」

ざわめく夜市の瞬間を縫うように
私の声が低く響いていた

-------------------------------------------<続く>



精神世界ランクばなー
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