台北の夜は長く そしてこの夜こそが
台湾本来の姿なのではないかと
そう思わず私は思ってしまう
まるで悪い魔法使いの魔法が解けたかのように
夜の帳が下りるころ
台北の路地はあでやかになまめかしく姿を変える
立ち並ぶ屋台 溢れる人々
ゆれるランタン 果物売りのおばさんの呼び声
立ち上る湯気に巻き散らかされる臭豆腐の臭い
そしてあちこちで広がる朝までの饗応
雙城街夜市 その真中に身を委ねて
のんびりとビールを飲むのが
何より私の好きな時間だ
ビールはもちろん
緑のラベルの台湾ビールを大瓶で
ジューシーな棒炭焼に
スパイシーな鹽酥鶏をてんこもり
そして温さんには欠かせない麺線と
私の愛する釈迦頭があればここが桃源郷になる
もちろんなじみの農安街の店で
蜆の醤油付けや魚をつまみに飲むのも楽しいし
西門の映画館あたりのディープな店で
隣のカード勝負にチャチャをいれつつ
だらけてみるのも疲れたときにはいい
けれど私は夜市が
やっぱり好きなのだろう
そして士林などの観光夜市よりも小さな
雙城街には雙城街の楽しみもあるのだ
雙城街夜市の農安街側には
台湾のマツキヨとでも言うべき屈臣氏(ワトソンズ)がある
その向かい側にこの夜市でもおいしいと評判の
ある棒炭焼屋台があるのだが
私と温さんがそこで串焼きを買おうとしていたとき
ある女性が声をかけてきた
彼女は流暢な日本語を話す台湾人で
私たちが日本人なので
きっと何か困っているのではないかと
声をかけてくれたのだった
そうこうするうちに
次には彼女の知り合いらしき男性がやってきた
そして私の顔をしばらくじっと見つめると
あっと驚いた声を出した
その声に驚いた私が思わず彼の顔を見つめた瞬間
私も ああっと声をあげてしまった
その男性はなんと その日の昼間
私が人との待ち合わせで立ち寄った
とあるお店の奥のほうにいた男性だったのだ
もちろんお互いに一言もそのときは口も聞いていないし
はっきり顔を見たわけでもなかった
それでも彼も私も今日会ったことを覚えていたのだ
結局私と温さんは
二人に誘われ彼らの飲むテーブルで
ご一緒させていただくことになったのだった
食べ物は美味しくそして話は弾み
日本人の私たちを珍しがって
どんどんビールやら高粱酒やらが振舞われる
やがて 実は私は漢方医なのという彼女が
にこにこと こう私に尋ねた
「ハヌルさんは何しに台湾きましたカ?」
私は ぐっと答えに詰まってしまった
なんと答えればよいのだろう・・
観光ではない
買い物ではない
占いをしてもらいに・・きたわけでもないし
まして温泉にはいりにきたのでもない
いや 全部したいのだけど時間がない
いやいやそうじゃなくって・・
「ハヌルさん仕事は何してるですカ?」
私は覚悟を決めた
いつも自分のしていることを口に出すのには
相当の覚悟が必要で
このときもまた口にすることに対して
まるで切腹するかのごとき気合が必要だったのだ
「・・・チートンです」
「チートン・・? チー・・?」
私は手帳に文字を書いて見せた
「チー・・!? あなたチートンですかっ?!」
「・・はい チートンが仕事です」
彼女は私から手帳を奪うや
周りにいる人たちに見せ
私を指指しては手帳を指差し何かを早口でまくし立てた
するとそれを見せられた人々が
一様に私を驚いた目でみるや
興奮した面持ちでいすを引きずって集まってきたのである
な・・なに?
なにがどうなったの???
急に私は不安になった
「ハヌルさん お願いありマス」
イヤな予感がした
「あなたチートン!彼とてもこまていマス! 彼を観てくださイ!」
予感的中である
「いえ 私ずいぶん酔っ払っていますから解るのか解りませんし」
「大丈夫でス!問題ないでス!」
私を凝視する台湾人の強い視線を痛いほど感じながら
心底私は後悔していた
あぁ 言うんじゃなかった
あぁ どうしよう
「さァ! さァ!」
もはや逃げられない
こうして夜市のど真中
大好きな夜市を楽しむどころか
興奮した人々に凝視されながら私は
セッションをすることになってしまったのであった
__________________________________________________(続く)
台湾本来の姿なのではないかと
そう思わず私は思ってしまう
まるで悪い魔法使いの魔法が解けたかのように
夜の帳が下りるころ
台北の路地はあでやかになまめかしく姿を変える
立ち並ぶ屋台 溢れる人々
ゆれるランタン 果物売りのおばさんの呼び声
立ち上る湯気に巻き散らかされる臭豆腐の臭い
そしてあちこちで広がる朝までの饗応
雙城街夜市 その真中に身を委ねて
のんびりとビールを飲むのが
何より私の好きな時間だ
ビールはもちろん
緑のラベルの台湾ビールを大瓶で
ジューシーな棒炭焼に
スパイシーな鹽酥鶏をてんこもり
そして温さんには欠かせない麺線と
私の愛する釈迦頭があればここが桃源郷になる
もちろんなじみの農安街の店で
蜆の醤油付けや魚をつまみに飲むのも楽しいし
西門の映画館あたりのディープな店で
隣のカード勝負にチャチャをいれつつ
だらけてみるのも疲れたときにはいい
けれど私は夜市が
やっぱり好きなのだろう
そして士林などの観光夜市よりも小さな
雙城街には雙城街の楽しみもあるのだ
雙城街夜市の農安街側には
台湾のマツキヨとでも言うべき屈臣氏(ワトソンズ)がある
その向かい側にこの夜市でもおいしいと評判の
ある棒炭焼屋台があるのだが
私と温さんがそこで串焼きを買おうとしていたとき
ある女性が声をかけてきた
彼女は流暢な日本語を話す台湾人で
私たちが日本人なので
きっと何か困っているのではないかと
声をかけてくれたのだった
そうこうするうちに
次には彼女の知り合いらしき男性がやってきた
そして私の顔をしばらくじっと見つめると
あっと驚いた声を出した
その声に驚いた私が思わず彼の顔を見つめた瞬間
私も ああっと声をあげてしまった
その男性はなんと その日の昼間
私が人との待ち合わせで立ち寄った
とあるお店の奥のほうにいた男性だったのだ
もちろんお互いに一言もそのときは口も聞いていないし
はっきり顔を見たわけでもなかった
それでも彼も私も今日会ったことを覚えていたのだ
結局私と温さんは
二人に誘われ彼らの飲むテーブルで
ご一緒させていただくことになったのだった
食べ物は美味しくそして話は弾み
日本人の私たちを珍しがって
どんどんビールやら高粱酒やらが振舞われる
やがて 実は私は漢方医なのという彼女が
にこにこと こう私に尋ねた
「ハヌルさんは何しに台湾きましたカ?」
私は ぐっと答えに詰まってしまった
なんと答えればよいのだろう・・
観光ではない
買い物ではない
占いをしてもらいに・・きたわけでもないし
まして温泉にはいりにきたのでもない
いや 全部したいのだけど時間がない
いやいやそうじゃなくって・・
「ハヌルさん仕事は何してるですカ?」
私は覚悟を決めた
いつも自分のしていることを口に出すのには
相当の覚悟が必要で
このときもまた口にすることに対して
まるで切腹するかのごとき気合が必要だったのだ
「・・・チートンです」
「チートン・・? チー・・?」
私は手帳に文字を書いて見せた
「チー・・!? あなたチートンですかっ?!」
「・・はい チートンが仕事です」
彼女は私から手帳を奪うや
周りにいる人たちに見せ
私を指指しては手帳を指差し何かを早口でまくし立てた
するとそれを見せられた人々が
一様に私を驚いた目でみるや
興奮した面持ちでいすを引きずって集まってきたのである
な・・なに?
なにがどうなったの???
急に私は不安になった
「ハヌルさん お願いありマス」
イヤな予感がした
「あなたチートン!彼とてもこまていマス! 彼を観てくださイ!」
予感的中である
「いえ 私ずいぶん酔っ払っていますから解るのか解りませんし」
「大丈夫でス!問題ないでス!」
私を凝視する台湾人の強い視線を痛いほど感じながら
心底私は後悔していた
あぁ 言うんじゃなかった
あぁ どうしよう
「さァ! さァ!」
もはや逃げられない
こうして夜市のど真中
大好きな夜市を楽しむどころか
興奮した人々に凝視されながら私は
セッションをすることになってしまったのであった
__________________________________________________(続く)