祖父と祖母が何度も家に医者を呼び
捨吉を診察させても
原因のわからぬ医者はただ首を横に振るばかり
誰がどれだけ声をかけてみたところで
捨吉の目が覚めることはなく
静かに ただこんこんと深い眠りに落ちていた
いったい何故 孫は目が覚めぬのか
そうお思い悩んでも お医者が既に匙を投げた上は
こうして痩せていく孫を見守るほかはなく
ほとほと祖父母は弱り果てていた

「ある日 ワシは気がついたらな
市電の電停の椅子に座っておったんだわ
今はもう無いんやけど 昔名古屋には
路上を電車が走っとったんだわな
まぁ バス停みたいに道に電車が停車して
人が乗り降りするところがあってな
それが電停なんやわな
そんで ワシそこの椅子に座っとったんだわ
もちろん そんときワシは
家で寝とったんだでよ
寝とったのにあんた ワシ電停におったんだわ」

それは捨吉の家から少し離れた場所にある電停で
どうしたことだか捨吉は
気がついたらそこの椅子に座っていたのだという

「座ったまま後ろを見たら あんた
そこには仏壇屋があってな
気がついたらそこの仏壇屋の前に立っとった」

驚いたのは仏壇屋の主人のほうだった
何しろ自分の店の前に子供が立ちすくんでいたかと思うと
いきなり目の前でふっと掻き消えてしまったのである
真昼間の出来事であり
主人はこれは尋常ならぬと外へ飛び出して
その足でお寺へと駆け込
おっさまに相談をかけてみた

おっさまは その子供の様子を知るや驚き
それはおそらく目が覚めぬと噂の捨吉ではないかと言い
主人に捨吉の身の上話をしはじめた

「捨吉の生まれは岐阜のS町でな
おとっちゃんはライン下りの船頭をしとったそうなでな」

ところが今度は仏壇屋が驚く番だった
この仏壇屋の主人は なんと
まさに そのS町の出のものであったのだ
S町は小さな山間の町であり
与左衛門の名はわから無くとも
地元で聞けばどこの誰だかすぐ繋がるだろう
それは名古屋という大都会においては
身内と同じ意味を持っていた
仏壇屋はこれは常ならざるご縁であろうと思い 
今度は捨吉の祖父母の元へ尋ねていったのだった

突然尋ねてきた仏壇屋に
祖父母はまったく面識はなく
いったい何事かと怪訝に思いながら
まあどうぞと家へまねきいれた
御茶を出されながら仏壇屋は
自分の見たものをどう話せばよいものか思案にあぐねていたが
ふと人の出入りが多いことに気がついて
そのことを口にした

「えらいぎょーさん さっきからおいでんさるなも」
(随分たくさん さきから人が入っておいでになりますね)

「ちょういろいろあるでなも 葬式のまーししですわ・・・」
(少しいろいろとあるものですから 葬式の準備ですよ)

仏壇屋は驚いた

「あれ どなたか亡くなりんさったかね 
そりゃどえらいとこへお邪魔したなも」

「いや 孫がもうあかんそーなでなも」

孫!間に合った!
仏壇屋はまさにそのことで来たのである
眠りについたままの捨吉は
もういつ死んでもおかしくないと
葬儀の準備が始まるほどの状態ではあったが
とにもかくにもまだ生きていたのである

仏壇屋の主人は勢いづいて
自分の店の前に捨吉が現れたことや
自分が捨吉のふるさとの生まれであることを話し
こう続けた

いきなりのことで驚きんさったと思うけんど
ワシも仏壇屋である限りにはなも
ご縁やと思うて来さしてもらったけんど
これはおとっつあんの霊の仕業やないかね
与左衛門さが 捨吉可愛さのあまり
こっちに来たことがあかんかったんやなかろうか
どや ここは
与左衛門さをこっちで永代供養にしてやったらどやね

藁をもつかまんばかりの祖父母は
そんな馬鹿なと思いつつ
それでも仏壇屋の話に最後の望みと
与左衛門の永代供養を執り行うことにしたのであった

---------------------------続く