ゆうべ珍しくテレビの心霊番組をみた
普段の私はスピにしろ心霊にしろオカルトにしろ
そういった類の番組を見ることが殆ど無いのだ
子供達がまだ幼いので
そういった番組を見た夜は
怖がって寝られないと言い出すに決まっているからだ
そのくせ見たがってしかたがないので
夏休みの間はまぁよしとすることにし
くだんの番組をふと見ると
下ヨシ子さんが老婆の霊と対決していた
それを見て思い出した話がある
例の母方の実家にまつわる話のひとつである

母方の在所(実家)は以前も書いたとおりに
飛騨の入り口とはいえ
山また山のそのまた奥の
いかにも隠れ里といったところにある
ひっそりとさびれたムラの集落を通る
細い細い街道を辿っていき
ついにはその道が
暗い山の中へと消え果るところ
そこに私の母の在所の屋敷はある
知らない人はまず訪ねることもない
袋小路の小さな里だ

在所の庭から下を眺めると
車一台が通るのがやっとのその道にそって
ぽつりぽつりと階段状に
民家が数件連なっているのが見える
山の斜面に沿って開かれたこの場所では
田んぼも畑ももちろん家屋敷も
すべて段々の階段上になっており
在所はそのほぼ一番上に位置していた
下に見えている家々は
かつてこの家で働いていた人々の
その子や孫にあたるのだそうだ

家の裏側に回ると
山からの清水が流れより
そこには今でも
天然のわさびが自生している
その清水が湧く稜線にそって
在所の茶畑が広がっており
その端には
今にも山に飲み込まれんとする
古い古い小さな岩の一群があった
母方の一族の古びた墓所である

若い方はご存知ないかもしれないので
念のために書き添えておくが
今のように墓地が定められたのは
近年のことであり
それ以前はそれぞれの家が
埋葬する場所を持つことを許されていたのだ
現在では法によりそれは禁止されているのだが

おはるさによれば
その昔この細き街道は
それはそれは華やかであったそうだが
母の幼いころには
まだやはりかなり往来があったのだという
そしてそれは当時
国を揚げて勧められていた国道の建設と
国鉄(JR)の敷設の話へと結びついていった
その頃はこの道を通らなければ
木曾へも富山へも抜けることが難しかったのである
なにしろ飛騨は難所が多いので
この道を使わないとするなら
飛騨川を利用するしかない
山々に刻まれたこの場所は
開けた土地というものがなく
家も何もかもほんのわずか開けた場所を見つけては
連なる山並みに吸い付くように点在していた
そして その計画のためには
道幅を広げるなど
大掛かりな土地改良を行わねばならず
在所のその墓所周りを整地して
新たな道を作る工事が行われることとなったのである

ところが である
測量のために訪れたお役人が
その茶畑の半ばまで入ったとたん
突然具合が悪くなってしまったのだ
仕方が無いので他の役人が作業を続けたのだが
その夜その役人も高熱で寝込んでしまう
この二人を皮切りに
次から次へと茶畑の半ば以上に入ったものが
何故だか体調を崩し
高熱でうなされるようになっていった

こうなると測量はまったく進まず
計画は遅れを見せ始める
そのうち仕方がないので
測量の前にまず木を払い
重機で土地を有る程度ならして
とりあえず整地をしようということになった
しかし である
翌日の作業のために運ばれてきた重機は
その土地へついたとたん
突然横転してしまい
ついにはけが人が何人もでる惨事となってしまったのである

ことココに至って
どうやらこの土地はイケナイらしいということになり
ついには計画は変更され
国道も国鉄もすべて立ち消えとなったのだった
そしてそのまま月日は流れ
人の流れも変わりゆき
家々も町へと出ていって
この山里は訪れるものもまれなる
部落へと変わっていったのだった

そしてそれから何十年かが過ぎ去り
私がちょうど大学生の頃
冬休みだったのであろうか
母とともにこの在所に遊びにきていた
晩御飯を終えておやつのみかんを食べながら
叔父と母は たわいも無いご近所の
いわゆる噂話に花を咲かせており
私はそこで所在もなく
掘りごたつの中で足をぶらぶらさせながら
聞くとも無しにその話を聞いていた
飛騨の冬は寒く 外は雪が積もる
しん・・・とした
物音ひとつ無い静かな夜
身じろぎをすれがふと
コタツ布団の隙間から
練炭の燃える匂いがして
私は亡き祖父を思い出しながら
その匂いをひっそりと味わう
時折柱時計がボーンと
調子はずれに時を告げている中
母と叔父の話し声だけが響いていた

「姉ちゃん そういやぁ あの人やっぱりあかんかったわ」

私の耳に ふと その言葉が飛び込んできた
あの人・・・?
誰のことだろう?

「あぁ やっぱり そうかね」

そういった母の
次の言葉に私は驚いた
 
「まぁ この家のもんやないでねぇ あの墓は無理やろう」

私は母と叔父に
一体何の話をしているのか
さりげない風を装い聞いてみる
すると

「あぁ お前は知らんかぇ?」

そういいながら微笑んで
いつも大人しい叔父らしく小さな声で
ことの顛末を教えてくれたのだった

その正月の前の秋のことだった
在所からふもとへ少し下ったところに住んでいた
昔この家に奉公に来ていた家が
住んでいた古い家を壊し住居を新築し
ついでにそこに小さいながらも結構な
お庭をしつらえることとなった
ところがぴったり庭石が
なかなか見つからなかったらしかった
そこでその家のご主人は
こともあろうに
母の在所の裏のあの茶畑にある
墓所から墓石を盗み出し
それを庭石としたのである

墓石といえど
もはや文字は風化してしまい
一見して墓石と分かるようなことは一切なかったので
その家のご主人もおばあさんも
ただの岩として盗んでいったのであろうが
在所のものは一目でそれが
ご先祖さまの墓石であると気がついていた
しかし 何も一言も言わなかったのである
あの土地に入って
何事もなければよいのだが・・・
在所のものはみなそう思っていたそうだ

しかしやはりそれは起こったのだ
しかも最悪の形で

盗んで一週間後の同じ日に
おばあさんは
突然原因不明の寝たきりとなった
一方ご主人は
脳溢血で倒れられ
生死の境をさまようこととなったのである

子供達はことの次第を聞き
驚きふためいて
慌ててその墓石を返しに来たそうだ
けれ少し遅かったのかもしれない
結局ご主人は一命はとりとめたものの
半身不随となり
おばあさんの方はといえば
亡くなられてしまったのだった

「あそこはなぁ 不思議なことが有るところやでなぁ」

そういう叔父に私は思わず聞き返した
幼い頃私はあの茶畑で何度も何度も遊んでいた
けれど何も起こらなかった
なんにも起こったことはなかったのだ
おかしいではないか
叔父はにっこりと笑って
優しい声で私にこういった

「そりゃそうや お前はこの家の直系の子やからなぁ」

実は その墓は ご先祖ではなかったのだ
本当のところは今では
一体だれが眠っているのかすら
もはや良く分からないのだという
それでもそこを 母の一族は
およそ1000年の昔から
大切にお守りしてきたのだそうだ
そして何故だか
その墓とその周りの土地は
母の一族の当主と
その血を引いた人間以外
入ることも触れることも許さないのだった

もちろんそれが
何故なのかも誰にも分からない
どうしてなのかを知ることも無い
ただ そうやって
時折 禁忌に触れた人間に
禍がおこり
そして ああ あれはまだ続いているのかと
私たち一族は知ることになるのだ

山深きはるか昔の落人部落は
母の懐かしの里
木々に囲まれ
狐が鳴いて
そうして不思議の墓は
今もひっそりと
そこにたたずんでいる