台湾に行くと決まったとき
私は「タンキーに会いたい」と思った
タンキーとはwikiによれば

タンキー(台湾語)は、
台湾の道教のシャーマン、霊媒師。
憑依体質の者で、神の意志を人間に伝える役割を
果たすとされる

とあり つまりは
台湾のカミコト師である

少し長くなるが
幻想世界神話辞典に詳しいので引用してみたい
 
タンキー tang ki tong ji
またはキートン ki tongとも。
名前の意味は「占いをする若者」。
漢民族の伝承におけるシャマン的聖職者、
あるいは生き神として扱われる。
世界各地の漢民族社会で現在もみられる。
男性が多いが中には女性もいる。
巫病、突然のトランス状態になるなどの症状に見舞われ、
タンキーに神の宿り場に選ばれたとされてタンキーになるという。
タンキーになることを頑なに拒めば
心身の異常は激しくなりついには命を失う、
と考えられている。
南海観音、斉天大聖等の神像の前で儀式を行い、
神が憑依するのだという。
トランス状態のタンキーと
そうでない時では信者のタンキーへの扱いが変わる。
神刀で自らの舌に傷をつけ、
流れた血で神語を記して作られた神符には
護符や灰にして飲む薬として
絶大な威力があると信じられている。


元々は中国本土全域にいたのだが
文化大革命などで
こういった土俗的なものは排除されていったので
大陸側でおめにかかろうとすると
かなり難しい存在だ
現在は台湾でのほうが
まだ出会いやすいといえるだろう
ここで間違えてはならないのが
いわゆるイタコとは違うということだ
台湾で死者の霊が降りるのは
アイィと呼ばれるまた別のシャーマンであり
タンキーには神仏のみが寄るのである
(実際日本の東北でもイタコがとても有名なだけで
タンキーと似たような霊媒は別に存在している)
私はこのタンキーに会ってみたかったのだった

何故タンキーに会いたかったのか
それは自分でも分からなかった
以前に田口ランディ氏が書いていた
タンキーに出会った話を読んだせいかもしれなかった
何が聞きたいわけでもなかったが
ただ 神意に触れる者をみてみたいと思ったのだ
おこがましくも私は
「自分以外の神意に触れる者」に出会いたいと
長い間そう願っていたのだから

私には神審者がいない
だから私は全てを自分で判断するしかない
もしかしたら私に降る存在は
世間が是としてこなかったものかもしれない
いや単なるやはり病気の現われかもしれない
病気ですらなく妄想かもしれないのだ
韓国の巫堂 台湾のタンキー 
シベリアのサマン 沖縄のユタ
なんでもいい
私は彼らと直接会ってみたかった
口を聞けなくてもいい
ただその様を見てみたかった
そしてもしかしたら
お前のは違うのだと
お前のはただの妄想で
人を騙して
金を巻き上げているのだと
そういってくれるのではないかと
その糾弾に怯えながらも
心のどこかで期待していたのだった

またもうひとつの強い動機として私は
私を台北へと連れて行こうとしている
東京在住のあるクライアントを
タンキーにあわせてあげたかったというものがある
彼女の母は重い病にかかっており
彼女は自分のことも含めて
様々な悩みを抱えていた
私は私以外のセカンドオブザーバーの意見を
彼女に伝えてみたかったのだ
しかし私たちには何のツテもなく
日本を発つ時点では
なんら明確なアテは無かった
成田発桃園行きの飛行機の中で

会えるなら会える
会えないなら今は会えない
でも 会えるような気がする
何故かは分からないけど
そんな気がする・・・

I-PODから流れるSGwannabeの
哀愁漂うアリランを
エンドレスで聞きながら
目を瞑り
17年ぶりの台北と
そしてまだ見ぬタンキーに
一人思いを馳せていた

+++++++++++(タンキー編2に続く)