一縷の望みを託しながら 祖父と祖母が
亡くなった与左衛門の供養を行った

すると なんと不思議なことだろう

「あー!読みたかった漫画がこんなにいっぱい!」

何日も目を閉じたまま
くったりと横になり眠っていた捨吉が
むっくりと置きあがったかと思うと
にっこり笑ってこう言ったのだ

「おじーちゃん この漫画読んでいい?」

祖父も祖母も 
まるで何もなかったような捨吉の無邪気な様子に
すっかり 目を丸くして
ただ ああ ああと うなづくしかなかったのだった

「ワシが起きたらのぅ
布団のまわりにワシの読みたがってた漫画が
山のように積んであっての
そんでもって ワシの欲しがってた玩具が
これまた どえらい置いてあったんだわ
嬉しいったらのうて こったえられなんだでねぇ」

葬式の準備を整えながら
それでも 祖父母は捨吉が目を覚まさぬかと
一生懸命 あれやこれやと
捨吉が欲しがっていたものを枕もとに並べて
ほれ 目を覚ませや 捨吉や と
必死に声をかけていたのだそうだ

老人は私にこういった

「ワシはのう
そういう霊とか 神さまとか
怪しいもんは信じとらんよ
科学的なことしか信じとらん性格だでね
ほでも あんた
ワシは体験したんだわ
これは本当のことだでね
ワシが自分で体験したことだでね・・・
もしかしたら 霊というもんが
おるのかもしれんとも思うのやわ」

そうですねぇ とちいさく相槌をうつ私に
老人はこう重ねて話してきた

「ただな 親を救うはずでつけた名前やのに
救うことも出来ず 
捨吉という名前でいじめられてばっかりでな
このことだけは ずっと嫌な気持ちできたんや」

その言葉を聞いて
私は にっこりと微笑みかえした

「そんなすばらしいお名前はありませんよ
捨吉という名前こそ 
おじいさんがどれだけ宝のように思われていたのかという
何よりの証なのですよ」

「なにい それどういうことやね?」

「それは古い習慣なのですよ
宝のように美しく可愛い子供は
魔物や神さまに目をつけられてつれていかれてしまうので
この子は捨てるような子だから価値が無い子なのですよと
あえて そう魔物や神さまを騙すために
捨吉という名前をつけられたのです
おじいさんは それだけ愛され大切に思われたのですよ」

「ほ・・・本当かね?!」

「ええ 本当ですとも
これは日本の古い習慣なのですよ
おじいさんがお話くださった
赤ん坊を一度捨てて拾うという儀式も
元々はこの名づけと同じ風習だったのです
おじいさんは家のお宝だったのですよ」

私の目の前の食事はすっかり冷めていて
ふと見やれば 夕暮れのお日様が
山の中へと隠れようとしていた

「そうか・・・そうか!
ワシ 80年もうらんどった
でも そうやなかったんやな・・・
そうか そんな良い名前をもらっとったんやな・・・」

捨吉という名の老人は
一瞬なんともいえぬ表情をし
どこか遠いところを見ているような目をし
あんたと会えたのもなんと言うご縁やなぁと 
莞爾と微笑んだかと思うと
話し掛けてきたときと同じように
唐突に去っていった

「嘘はあかんのや
ワシは全部正直に生きてきた
ひとつ嘘をついたらな ずっと嘘をつかなかんくなる
やからな この話も嘘やないんやで
嘘はあかんのや」

冷えた料理をつつきながら
老人の残した声が まだ聞こえるような
そんな気がした


あんたに会えてよかったわ
長いこと胸につかえてたもんが取れた
ありがとう ありがとう


袖擦り合うも他生の縁という
二度と会うこともないだろう捨吉という老人と
私の出会いであった

-------------------------------終わり