正義宮はとても簡素な宮だった
それは私が古い商店と見間違えたほどに
とてもとても簡素な宮だったのだ
台湾の廟を一度ご覧いただければ
ご理解いただけると思うのだが
私が初めて眼にしたときの感想は
「極彩色に彩られた緻密で過激なほどの装飾御殿」
だった
成田から桃園空港へ降り立ち
ホテルにたどり着いたのはもう深夜だったのだが
ホテルのそばにある廟は
夜更けにもかかわらず
竜宮城もかくやのごとき色彩を放ち
ひとめでそれが道教の廟であると分かったほどだった
一度目にすれば特徴的なその建築は覚えられるほどで
しかもそれは多少の違いはあれども
必ずといえるほど赤 青 黄色 緑に 金色と
さまざまに塗り分けられた柱に壁にみっちりと
龍に朱雀に獅子に門神像にetc etc・・・
もはやひとつのオブジェにも見えるような建物だ
日本のお寺や神社の「わび」だの「さび」だの
シックのかけらは微塵もありはしない
賑やかでなんぼ!中華のゴシックでなんぼ!といった風情だ
どこを車で走らせようとも
あ あそこにも廟がある
と 遠めにでも必ずわかる賑やかさなのだ
それがどうあろう
私が尋ねたこの正義宮は
ぱっと見た限りでは
そのような飾り物もなく
ただのアーケードの一角の
よくある商店のひとつのようだ
もし車で通り過ぎたら
いや歩いていてもよほど注意していないと
気が付かずに通り過ぎてしまうに違いない
立ち止まり 奥を覗けば
そこには壇が設けられてあり
そのさらに奥には
長年の線香の煙で燻されて
真っ黒になった神像が立ち並んでいるので
ああ ここは廟なのだと知れるのだが・・
当然このようなところに
観光客など来るはずもなく
集まった20人ほどの地元の人々は
みな一様に珍奇なものでも見るような
遠慮ない視線を浴びせてきていた
その中で黄さんに促がされるまま
拝拝をしようと線香を求めると
ひとめで勝手が分からぬと知れたのだろう
私とSさんにはそれぞれ別々に
地元の方が介添えについてくださり
日本語と台湾語でまったく通じ合わないままながら
それでもなんとか拝拝をして回らせて下さる
手にもった線香は13本
初めに中から入り口の外に向かって線香をかかげ
手を振りながら3度頭を下げ礼をし線香を立てる
そして右回りに土地公など各神々へ
同じように何度も礼をしながら
それぞれに線香を立てていく
人の形をした神像の壇の下には
虎の姿の神が置かれていた
そして最後に
中心におわすひときわ大きな神像の
今日が誕生日であるという
玉皇上帝こと天公に何度も頭を垂れた
しかしそのとき私には
既に異変が起こっていた
拝拝をし始めてすぐより
徐々にすぅっと
「世界が遠くなりはじめて」いた
肉体の内側から薄皮をはがすようにぺりぺりと
私の中身が剥がれていき
ゆらゆらと足元でだけつながって
私は歩き話し拝んでいる私自身を
後頭部の方から「眺め」はじめていたのだった
あぁ 「飛んで」しまう・・・
私は自分を手放してはならぬと
ぐっと強く自分の手のひらに爪を立て握っていた
普通にしなきゃ
普通にしてなきゃ
少しでも気を抜けば
今にも私は身体を明渡しそうになっていた
しっかりするんだ
祭壇の前から離れるんだ
しかし 私の肉の体は泥のように重くなり
一歩も動くことは出来なかったのである
+++++++++++++++(天公の祭壇の前で編に続く)
それは私が古い商店と見間違えたほどに
とてもとても簡素な宮だったのだ
台湾の廟を一度ご覧いただければ
ご理解いただけると思うのだが
私が初めて眼にしたときの感想は
「極彩色に彩られた緻密で過激なほどの装飾御殿」
だった
成田から桃園空港へ降り立ち
ホテルにたどり着いたのはもう深夜だったのだが
ホテルのそばにある廟は
夜更けにもかかわらず
竜宮城もかくやのごとき色彩を放ち
ひとめでそれが道教の廟であると分かったほどだった
一度目にすれば特徴的なその建築は覚えられるほどで
しかもそれは多少の違いはあれども
必ずといえるほど赤 青 黄色 緑に 金色と
さまざまに塗り分けられた柱に壁にみっちりと
龍に朱雀に獅子に門神像にetc etc・・・
もはやひとつのオブジェにも見えるような建物だ
日本のお寺や神社の「わび」だの「さび」だの
シックのかけらは微塵もありはしない
賑やかでなんぼ!中華のゴシックでなんぼ!といった風情だ
どこを車で走らせようとも
あ あそこにも廟がある
と 遠めにでも必ずわかる賑やかさなのだ
それがどうあろう
私が尋ねたこの正義宮は
ぱっと見た限りでは
そのような飾り物もなく
ただのアーケードの一角の
よくある商店のひとつのようだ
もし車で通り過ぎたら
いや歩いていてもよほど注意していないと
気が付かずに通り過ぎてしまうに違いない
立ち止まり 奥を覗けば
そこには壇が設けられてあり
そのさらに奥には
長年の線香の煙で燻されて
真っ黒になった神像が立ち並んでいるので
ああ ここは廟なのだと知れるのだが・・
当然このようなところに
観光客など来るはずもなく
集まった20人ほどの地元の人々は
みな一様に珍奇なものでも見るような
遠慮ない視線を浴びせてきていた
その中で黄さんに促がされるまま
拝拝をしようと線香を求めると
ひとめで勝手が分からぬと知れたのだろう
私とSさんにはそれぞれ別々に
地元の方が介添えについてくださり
日本語と台湾語でまったく通じ合わないままながら
それでもなんとか拝拝をして回らせて下さる
手にもった線香は13本
初めに中から入り口の外に向かって線香をかかげ
手を振りながら3度頭を下げ礼をし線香を立てる
そして右回りに土地公など各神々へ
同じように何度も礼をしながら
それぞれに線香を立てていく
人の形をした神像の壇の下には
虎の姿の神が置かれていた
そして最後に
中心におわすひときわ大きな神像の
今日が誕生日であるという
玉皇上帝こと天公に何度も頭を垂れた
しかしそのとき私には
既に異変が起こっていた
拝拝をし始めてすぐより
徐々にすぅっと
「世界が遠くなりはじめて」いた
肉体の内側から薄皮をはがすようにぺりぺりと
私の中身が剥がれていき
ゆらゆらと足元でだけつながって
私は歩き話し拝んでいる私自身を
後頭部の方から「眺め」はじめていたのだった
あぁ 「飛んで」しまう・・・
私は自分を手放してはならぬと
ぐっと強く自分の手のひらに爪を立て握っていた
普通にしなきゃ
普通にしてなきゃ
少しでも気を抜けば
今にも私は身体を明渡しそうになっていた
しっかりするんだ
祭壇の前から離れるんだ
しかし 私の肉の体は泥のように重くなり
一歩も動くことは出来なかったのである
+++++++++++++++(天公の祭壇の前で編に続く)