お盆のことを書いているときに
ふともう亡くなった人たちのことを考えていた
思ってみれば母方の家系は
少しスピリチュアルに関わりのあるような
そんな逸話がいろいろとある家だった

私の母の祖母 
つまり私の曾祖母にあたる人は
おはる と言い
身内やご近所からは「おはるさ」であり
私の母には「おはるさおばぁ」と呼ばれていた
おはるさは まだ小さかった私の記憶にも
しっかり残っている
真っ白い髪を結って着物をきて
皺はあるけれどふっくらとした頬をした人だった
優しいというよりは凛とした雰囲気で
例えるならまるで時代劇にでてくる武士のようだ
ただし布団に横になっている姿しか
覚えていないけれど
何しろ おはるさが亡くなったとき
私はまだ2歳で母にいわせれば
覚えているはずが無いと言うのだ
そんなことを言われても
覚えているのだからしょうがない

確かにおはるさは私の言うような
厳しい人だったそうだ
何しろおはるさの母親は
当時豪商であったこの家に借金をしまくった挙句
返済できなくなった某藩が返済の代わりにと
押し付けた姫君で(母の実家は相当困ったそうだ)
上から下まで誰もが 勿論姫の旦那となった私の
曽々祖父ですらも死ぬそのときまで
「○○様」と「様」付きで
呼び続けねばならぬ人だった
その姫についてきた御付が育てたのが
おはるさ と その姉だったので
立ち居振る舞いの行儀作法はもとより
おはるさはただの一般人に生まれた癖に
まさに武士の姫然として教育されたので
商家から嫁に来た祖母とはまったく合わず
祖母は常に泣かされていたらしい

おはるさと その姉様(あねさま)は
そのような気位だけ無駄に高い母君の
これまた気位の高い御付に育てられたせいで
近所の子供と遊ぶということは許されなかった
近所にいる子供というのは
もれなくこの家に奉公している奉公人の子供であって
身分が違うので遊ぶことなど出来ないし
なにより奉公人の子供は遊んでなどいられるような
そんな暇はありはしない
5歳を過ぎたら働いて当たり前で
下手に声をかけてしまうと
お互いがしこたま怒られる羽目になる
そんなわけでおはるさと姉様は
いつも乳母やと遊んでいたのだが
少し大きくなると乳母やも他の仕事がメインになって
二人だけで遊ばなくてはいけなくなった
ところが当時の日本の治安は
今とは違っていたので
うかつなところでは遊べなかった

おはるさが若き母へいつも言ったことには

「早く帰らんと虚無僧がさらいに来るぞえ」

その頃は食い詰めた人間が虚無僧のなりをして
誘拐窃盗人身売買などをしていたそうで
実際そういうことが時折起こっていたのだ
また

「暗くなる前に帰らないと狼がついて来るぞえ」

驚くことにおはるさの時代には
まだ狼が普通にいたのである
夕暮れ時になると狼は遠吠えをして
その声は犬と違ってぞっとするらしく
急いで家へ帰ったそうだ

さて そんなある日のこと
その日もおはるさと姉様は
家から少し離れたところにある神社で
毬突きをして遊んでいた
この神社は母の一族が
何処からか勧請してきた神様が祀られている
母は「○○(苗字)の神様」としか知らないので
一体祀られているのが何の神様なのか
私にはまったく分からない
例えば「山田の神様」とか
「鈴木の神様」というようなもので
一族の神様ということらしい
(母方の苗字はわりと珍しい苗字)
そしてこの神社には
まず知らないものが来ることは無かった
山の中にまるで隠れるように造られた神社で
一族以外のものはそこへ辿る獣道のような道すら
分からないからだ
そういったわけでおはるさ達は
ここでなら遊んでよいと言われていたらしい

おはるさと姉様は毬突きに夢中になっていた
普段家での生活では
歌を歌うことも大きな声を出すことも
禁じられていて
できるだけ静かに暮らすよう
そうしつけられていたけれど
なんといってもまだ8歳と10歳のふたり
思わず知らずきゃあきゃあと 
大声をあげてそれは楽しく
はしゃぎながら毬で遊ぶ

ここは深い深い山の中
大きな木々に隠されて
子供らしく頭を結った着物姿の女の子がふたり
昔ながらに伝えられた毬突き唄を歌いながら
きゃっきゃ きゃっきゃ と嬉しげに

そのときおはるさは急にはっとして
つっと後ろを振り返った
するとそこには「あるもの」がいた
一目で人ではないと感じたおはるさと姉様は
驚き慌てふためいて家へと駆け戻った
あんまり驚いたその証拠に
転んだ拍子に履いていたじょりの片方が脱げ
そのまま片足はだしで
走って逃げて帰っていた

おはるさはその時のことを
母によく話したそうだ

「あれはなぁ 人ではなかったぞぇ
真っ白い長いお髭を生やした爺様でな
真っ白い着物を着て
それはそれはニコニコと
はるを眺めてござったが
なにしろ光っておらしたでなぁ
ひとめで尋常のものではないとわかったのや
ワシは恐ろしゅうて恐ろしゅうて
走って逃げようとして転がった拍子にじょりが
片方脱げたのや
家に帰って婆様に泣きながら言うたらな
婆様が笑っておっしゃることには
それは○○の神さんやと
あんまりにも子供達が
無邪気に遊ぶ姿が可愛らしゅうて
思わずうっかり姿を現してしもうたんじゃろうと
せやからな 怖いことは何にも無いから
今すぐじょん(じょり)を拾うて来いと言われてな
それでもやっぱり怖くてなぁ
泣きながら拾いに行ったのや」


今ではそこで遊ぶ子供などもういない
昔は街道で行商人や虚無僧や
物乞いや芸者が行きかった
その家の前の道も
今では隣の家の前で途切れ
山の中に埋もれ消えてしまった
隠れ里で始まったその里は
今また隠れ里へと戻っていく
あの神様はきっと今もまだ
そこにおいでになるのだろう
年老いた年寄りばかりになった母の里に
静かな静かな山奥の里の
そのまた奥の山の中に
ひっそりと神様は
莞爾と佇んでおられるのだろう
いつまでも
いつまでも

今は昔のものがたり
いつか忘れられていくだけの
そんな小さな曾祖母の思い出だ