(これは曾祖母にしか見えない狐火の続きです)
私の母方の曾祖母にあたる「おはるさ」は
自称「狐にいつも化かされる」おヒトだった
何故自称なのかといえば
おはるさが経験する不思議な出来事の殆どは
何故かいつも彼女一人のときに起こっていたからだ
その為にそういった奇妙な経験は
実際本当に起こったことだったのか
それは誰にも分からないのである
そしていつも話を聞かされていた母自身も
それが本当だとか嘘だとか
考えたこともなかったようだ
おはるさは母の祖母といえど
あまりに厳しく古めかしい明治の大奥様の生き残りであり
冗談話や作り話をするなど
母には思いもよらないことだったのだろう
何よりはっきりしているのは
おはるさの他に誰かが一緒にいたとしても
何故かそれは
おはるさにしか見えない聴こえないということが
何度もあったのだそうだ
そしてそれを孫である私の母に
「また狐にやられたわい
ワシはよっぽどたわけにされとるなぁ」
と 嘆くのである
「そんなに狐にようやられたん?」
私は母に聞いてみた
狐に化かされるとはいったいどんなことなのだろう
口裂け女だの貞子だのUFOだのと
世の中には不思議が満ちているけれど
ついぞ最近「狐に化かされたヒト」など
聞くことが無いからだ
「そうやねぇ
おはるさは狐の嫁入りも見たそうやけど」
「狐の嫁入りって あの山に灯りが並んでいくやつ?」
私の脳裏に
いつかテレビでみたアニメのシーンが浮かんでいた
夕暮れの山を白無垢を着た花嫁狐が
お籠に載せられて
その前に後ろに紋付を着た狐達が
列を作り並んで歩き
手にもった堤燈にぼんやりあかりを灯して
山の峰を静々と進んでいくのだ
「そうそう
おはるさの話によると
最初は ひとつ灯りが山に見えるんやと
それをじっと見ていると
見る見るうちにその灯りが
ひとつがふたつ
ふたつがよっつと
どんどん別れて増えていくらしいわ」
「・・・え?」
母の言葉を聞いて
私はふとあることを思い出した
私も似たようなものを見た経験があったのだ
「あのさ 私も前にたようなもん 見たやんな
でもそんな堤燈みたいな灯りやなかったけどなー
ゴルフ場の蛍光灯かと思うくらいの光やったけど」
「いや おはるさは
ちょっとやそっとやない明るさやってゆってたで」
「いや あたしが見たんは
本当めっちゃ人工的な感じの光やったで」
「おはるさも そうゆってはったで?
あんな山奥なのに
ものすごい人工的な光が浮かぶんやって」
私はすっかり驚いてしまった
「オカン 覚えてない?
2年くらい前の秋の夜やったわ
あたしこの家の駐車場で見たんやで?」
「そうやったっけ?
なんしか おはるさも狐の嫁入りは秋やゆうてたよ?」
それはいまから2年ほど前の
或る秋の夜のことだった
私はその日
自分の在所に遊びにきており
自分の家に帰るため
駐車場に立っていた
私の在所があるところも
母の在所ほどでは無いにしろ
周りはぐるりと山に囲まれて
その真ん中を殆ど並ぶ建物もないまっすぐな国道が通っており
見上げれば夜なのに
月明かりで空がグラデを描いて見えるという
そんな鄙びた集落である
私が立っていた駐車場の前には
一軒のコンビニがあり
そのコンビニが放つ電気の明りは
その駐車場まで届くほど強かった
周りに何も無いからこそ
その明りはことさらにいつも
激しく自己主張をし
まるで近代文明という光を
この時代遅れの周りへ侵食させているかのように
まばゆく輝いて見える
私はその押し付けがましさを嫌悪しながら
それでもそれを見るたびに
ヒトの気配を感じて安心するのだった
ところが車の前まできたとき
何故だかふと気になって
そのまま視線を前の山のほうへと投じた
紺色に見える夜空の下に
黒々とその身を横たえている山並みは
まるで幕を並べ立てているように見えることから
地元では「幕曳山」と呼ばれており
遠く飛騨から面々と連なってきて
そのまま南の天狗山で終わっている
ちょうど私の在所の前あたりでは
その山並みがまさに
幕と幕をあわせたように重なって
母と私は昔から
その合間に見える小さな空の様子を見ては
天気を読んでいたのだった
不思議なことにどんなに綺麗に晴れていても
その空が暗ければ必ず曇りになり
真っ暗になっていれば雨
逆にこちらがどんな大雨でもそこが晴れていれば
必ず晴れになるのである
早朝に眺めれば一日の天気が分かったし
夕暮れにそこを眺めれば
必ず次の日の天気が分かった
それはテレビの天気予報なんかよりも
よっぽど確実でまず外れることはなかった
その時の私も
何故か夜なのに急に
明日の天気を見てみようと
その山の方を眺めたのである
夜空を見て天気を観るなどしたことがなかったのだが
しばらく佇んではみたものの
やはり夜空じゃわかんないなぁと
あきらめたその時
眺めていた空の左の山の陰に
何か明るい光があることに気がついた
あれ? ゴルフ場の明りかなぁ・・・?
あんなところにゴルフ場の光?
私はいぶかしく思いじっとそれを見つめ始めた
++++++++++++++++++(続く)
私の母方の曾祖母にあたる「おはるさ」は
自称「狐にいつも化かされる」おヒトだった
何故自称なのかといえば
おはるさが経験する不思議な出来事の殆どは
何故かいつも彼女一人のときに起こっていたからだ
その為にそういった奇妙な経験は
実際本当に起こったことだったのか
それは誰にも分からないのである
そしていつも話を聞かされていた母自身も
それが本当だとか嘘だとか
考えたこともなかったようだ
おはるさは母の祖母といえど
あまりに厳しく古めかしい明治の大奥様の生き残りであり
冗談話や作り話をするなど
母には思いもよらないことだったのだろう
何よりはっきりしているのは
おはるさの他に誰かが一緒にいたとしても
何故かそれは
おはるさにしか見えない聴こえないということが
何度もあったのだそうだ
そしてそれを孫である私の母に
「また狐にやられたわい
ワシはよっぽどたわけにされとるなぁ」
と 嘆くのである
「そんなに狐にようやられたん?」
私は母に聞いてみた
狐に化かされるとはいったいどんなことなのだろう
口裂け女だの貞子だのUFOだのと
世の中には不思議が満ちているけれど
ついぞ最近「狐に化かされたヒト」など
聞くことが無いからだ
「そうやねぇ
おはるさは狐の嫁入りも見たそうやけど」
「狐の嫁入りって あの山に灯りが並んでいくやつ?」
私の脳裏に
いつかテレビでみたアニメのシーンが浮かんでいた
夕暮れの山を白無垢を着た花嫁狐が
お籠に載せられて
その前に後ろに紋付を着た狐達が
列を作り並んで歩き
手にもった堤燈にぼんやりあかりを灯して
山の峰を静々と進んでいくのだ
「そうそう
おはるさの話によると
最初は ひとつ灯りが山に見えるんやと
それをじっと見ていると
見る見るうちにその灯りが
ひとつがふたつ
ふたつがよっつと
どんどん別れて増えていくらしいわ」
「・・・え?」
母の言葉を聞いて
私はふとあることを思い出した
私も似たようなものを見た経験があったのだ
「あのさ 私も前にたようなもん 見たやんな
でもそんな堤燈みたいな灯りやなかったけどなー
ゴルフ場の蛍光灯かと思うくらいの光やったけど」
「いや おはるさは
ちょっとやそっとやない明るさやってゆってたで」
「いや あたしが見たんは
本当めっちゃ人工的な感じの光やったで」
「おはるさも そうゆってはったで?
あんな山奥なのに
ものすごい人工的な光が浮かぶんやって」
私はすっかり驚いてしまった
「オカン 覚えてない?
2年くらい前の秋の夜やったわ
あたしこの家の駐車場で見たんやで?」
「そうやったっけ?
なんしか おはるさも狐の嫁入りは秋やゆうてたよ?」
それはいまから2年ほど前の
或る秋の夜のことだった
私はその日
自分の在所に遊びにきており
自分の家に帰るため
駐車場に立っていた
私の在所があるところも
母の在所ほどでは無いにしろ
周りはぐるりと山に囲まれて
その真ん中を殆ど並ぶ建物もないまっすぐな国道が通っており
見上げれば夜なのに
月明かりで空がグラデを描いて見えるという
そんな鄙びた集落である
私が立っていた駐車場の前には
一軒のコンビニがあり
そのコンビニが放つ電気の明りは
その駐車場まで届くほど強かった
周りに何も無いからこそ
その明りはことさらにいつも
激しく自己主張をし
まるで近代文明という光を
この時代遅れの周りへ侵食させているかのように
まばゆく輝いて見える
私はその押し付けがましさを嫌悪しながら
それでもそれを見るたびに
ヒトの気配を感じて安心するのだった
ところが車の前まできたとき
何故だかふと気になって
そのまま視線を前の山のほうへと投じた
紺色に見える夜空の下に
黒々とその身を横たえている山並みは
まるで幕を並べ立てているように見えることから
地元では「幕曳山」と呼ばれており
遠く飛騨から面々と連なってきて
そのまま南の天狗山で終わっている
ちょうど私の在所の前あたりでは
その山並みがまさに
幕と幕をあわせたように重なって
母と私は昔から
その合間に見える小さな空の様子を見ては
天気を読んでいたのだった
不思議なことにどんなに綺麗に晴れていても
その空が暗ければ必ず曇りになり
真っ暗になっていれば雨
逆にこちらがどんな大雨でもそこが晴れていれば
必ず晴れになるのである
早朝に眺めれば一日の天気が分かったし
夕暮れにそこを眺めれば
必ず次の日の天気が分かった
それはテレビの天気予報なんかよりも
よっぽど確実でまず外れることはなかった
その時の私も
何故か夜なのに急に
明日の天気を見てみようと
その山の方を眺めたのである
夜空を見て天気を観るなどしたことがなかったのだが
しばらく佇んではみたものの
やはり夜空じゃわかんないなぁと
あきらめたその時
眺めていた空の左の山の陰に
何か明るい光があることに気がついた
あれ? ゴルフ場の明りかなぁ・・・?
あんなところにゴルフ場の光?
私はいぶかしく思いじっとそれを見つめ始めた
++++++++++++++++++(続く)