久しぶりにガーデンセンターへ行ってみた

もともとは ガーデニングが大好きだったけれど
この夏は忙しさと薬物依存にかまけてしまい
ベランダの花々は全滅させてしまっていた
吹く風にコロコロと転がるくらい枯れて軽くなった花鉢を見るたび
なんだか餓死した死体が打ち捨てられているのを見ているような気がして
私はそっと目を伏せた
我が家のベランダは ちょっとしたバラ園のようだったので
それがすべて枯れ果てたさまは
見捨てられた孤児たちの骨ばった骸が並んでいるみたい
私は自分のせいで枯れてしまったバラたちに
慰められていたその分だけいつも罪悪感を抱いて 
ベランダに出るたびにおどおどと洗濯を干していたのだった
もう お花を育てるのはよそう
そう決めてからは 花屋をできるだけ避けるように歩いた

今日うっかり寄ってしまったのは
とくに理由があったわけではない
待ち合わせの場所に早くついてしまったので
ふと その横のガーデンセンターに入ってみただけなのだ
パンジー ポリアンサ シクラメン サイネリア
見慣れた花たちが並んでいる中を歩いていく
扉を抜けて温室に入る
サボテンの向こうには
クリスマス用にアレンジされたポインセチアや
ひらひらとした大きな花びらの蘭が並んでいる
驚くほど小さな花を霞のようにつけた蘭もあった

久しぶりのガーデンセンターは
空気にさまざまな花の香りが入り混じり
なんだか ざわざわと賑やかな女の子のパーティに
うっかり参加しているような気分にさせる
なぜだか 私は
花たちのその賑やかさに居心地の悪さを感じていた
そう それは
飼えやしない捨て猫を
うっかり抱いて膝からおろし置き去りにするときの
あの決まり悪さにも似ているようだった
きまりの悪さにそそくさと戻ろうとした瞬間
私の目の端に小さなバラが留まった

それは ちいさな剣先の薄い紫のミニバラだった
紫というよりは バラにありがちな
気の抜けたような藤色をした小さな花びらをつけている
紫のミニバラは匂いがいいんだっけ
ふと そんなことを思い出し
気がつけばそのほころびかけた蕾に鼻をおしつけていた

どきん

なんという鮮やかさ
華やかで どこかフルーティで 少し酸味があって
何より鼻腔を打つこの鮮烈さ
あまりの芳しさに
私は阿呆のようにくんくんと嗅ぎ続けた

どきん どきん どきん

香りの中にまじる金色の霧にも似た
生きているものが放つ「精気」
それが一息嗅ぐごとに
胸の奥まで入り込み
私の心にかぶった黒いベールをはがしていくようだ

五感の中で
人が生まれて一番最初に機能するのは
鼻なのだとなにかで読んだことがある
そして 最後の瞬間 視覚も聴覚も消えていき
最後に嗅覚が残るのだという
人が最初に世界とつながるのは
そう 匂いを通じてなのだろう

今 その紫のバラを眺めている
もう しばらくは何も家で育てないと決めていたけれど
この小さな香るバラが
私の心の平安を育てている
今日の夕ご飯には
ヨンちゃんがくれた葉付の大根葉っぱと人参の葉っぱで
鰹節にチーズも入れてオリジナルのチヂミを作った
ああ 美味しいな
ふと 心がゆらゆらとたゆたう
なんでもない 一日
手のひらに収まるような小さな小さな私の一日
今夜はゆっくりお風呂にはいろう