街のお巡りさんが頼られるのは、お巡りさんが親切だから、だと思う。
お巡りさん一人に、何十人、何百人の街の住人が頼る。
自然、お巡りさんも公僕として接する態度になる。
これが、住人一人当りのお巡りさんの数が増えたら。。。
口論の住人2人を、なだめているお巡りさん2人。
大変ですなあ、でも2人で仲裁、なんとかなるでしょう、と思える。
ところが。
違反した車のドライバー1人に、警察官が2名、の恰好。
あゝ、つかまってる、可哀想に、と感じる。
これが、住人一人当たりの警官が、何十人となると。
警官の態度も大きく変わってくる。
辺野古や高江の座り込みの住人。
警官がぐるりと取り囲み、にらみ合い、住人を排除しにかかる。
そこには最早、親切なお巡りさんの姿は微塵も感じられない。
飛行場が出来るのは困ると身体を張って訴えているのに、聞く耳を持たない。
住人に ”厄介な人” のレッテルを張り、警官がその意識を共有し、冷たく事務的に排除作業に取り掛かる。
ときには、住人に激高して、この●●が!などとヤジる。
国家権力?
いやいや、ただの、人間のエゴイズムである。