家の近くに師団通りって言うのがあってね…

 

とその人が唐突に語り始めた。

 

今は平和通りっていうんだけど。

戦前戦中は師団へ続く広い道だったから、そう呼ばれてて。

出征する兵隊さんたちを、何度も見送りに行ったことを憶えてるわ。

死んで帰って来なかった人も多くてね。

辛かったー…

 

ふと考えた。

(たみ)はいつも、国家・政府に運命を握られている。

生きるも死ぬるも、指導者次第。

 

こう証言してくれる生き証人が、やがてはいなくなる。

そうしたらみんな、何もかも忘れてしまうのか?

そんな事はない。

 

たとえ、民が忘れようとも、国家・政府は忘れてはいけない。

被害国に向かって加害国が、いつまでも歴史問題にしがみついて・いい加減忘れて未来志向で、などと、講釈垂れてはいけない!

民がいくらそう言おうとも、指導者は絶対言ってはならない!!

せめて国家は、国家として、歴史を認識し、謙虚に贖罪(しょくざい)し続けなければならない。

 

でないと、新たな戦争の火種が生まれてしまう。

あの戦争で沢山の民が死んで行ったのは、一体何の為だったのだろうか?ということになりかねない。

 

さあ今の日本は。

実際、国としてそうなっているのか?

政府は、指導者は、果たして謙虚に贖罪を実行しているのか?

 

甚だ、疑問だ。

というより、全然出来ていない!!!

 

贖罪を実行しているのならば、辺野古に新しい基地など、出来ない!

沖縄に犠牲を強くことを、これ以上続けられない!!

 

贖罪しているのならば、核兵器禁止条約の反対に同調など、出来るはずがない!

広島・長崎の被爆者の犠牲を、顧みない行為など決して出来ない!!

 

何の為に、あまたの民は、第二次大戦で死んで行ったのか!?

 

いま、強く強く、疑問に思う。