幸せな凡退
野球とサッカーの違いは何か。
そう問われたら、批判を覚悟でこう言いたい。
野球には神様がいる、でもサッカーには運不運くらいしかない、と。
野球をプレーする選手はもちろん、野球を愛するすべての人の上に、神様がいる気がします。
選手一人ひとりの背景には、あまりにもドラマチックな物語が横たわっているのです。この男にも、それはあてはまります。
「そんなフォームじゃ打てない」と言われつづけた高校時代。
ドラフトは、4位指名にすぎません。
プロ入り後も二軍の監督に評価されず、ヒットを量産しながらも一軍登録はされない日々。
それでも圧倒的な才能は隠せず、見出されると、すぐに首位打者に。
「メジャーでは通用しない」、訳知り顔でコメントする評論家。
メジャー移籍が決まると、「メジャーで首位打者を取ったら裸で一周する」という評論家もいました。
彼にはとても気の毒なことをしました。
長かったような、短かったようなプレー期間。
映画化したら、「そんなの漫画だよ」といわれそうな、痛快すぎる野球人生。
何度も放たれた、レーザービーム!
全米のファンがもっとも評価したのは彼の強肩だったかもしれません。
迎えた、現役最後の試合。
万感の思いが、シーンとともに蘇っては胸に迫る。
そのなかで、淡々とイチローは普通の凡退を続けました。
幸せな凡退。
相手ピッチャーも、ヘンに手心を加えたりはしません。
だって、神様が見ているのですから。