序章(動画のみ)
#01 (動画、テキスト共に有り)
2023/10/09 23:54
都内 某大病院 手術室
クラシックの名曲、ワーグナーの
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を
かけながら手術をする、天才外科医がそこにはいた。
「メス、鉗子、汗・・・」
それは、医療ドラマで良く見る、手術の風景そのものだった。
その手術を、ガラス越しに別室で見守る一組の男女がいた。
「彼が?」
「そう、暴力団御用達の天才外科医、サナダ。
通称、ドクターアウトレイジ」
「随分とまあ、ストレートな二つ名だな」
「元暴力団員という経歴だけでなく、
違法薬物の売買から殺人まで、9つの前科を持ちながらも、
無免許医ではなく、医師免許を持つ開業医・・・」
「ほう、それは、めずらしい。
医師免許は国家資格だろう?
一体どんな手を使ったのやら・・・」
「どうやら、金光会系指定暴力団牧野組から
医学会に多額の資金援助があったようよ」
「結局、人も国家も、金さえあれば動かせるというわけか」
「でも、外科医としての彼の腕は確からしいわ。
この大病院の院長自ら、彼を指名したようだから。
その院長、片山何某自身が患者だと言えば、
彼の能力の高さを理解してもらえるかしら?
噂では、あの大門未知子女史さえも匙を投げたらしいわ。
肺ガンが全身に、脳にまで転移した手術不可能な末期ガンだそうよ」
「まともな思考が、もはやできないというわけか。
どんな天才外科医でも、どうにかなるレベルではないだろう?
今の自らの立場と、生にしがみつく、
生物としての本能、いや、欲深い人間の本能か、
もはや、ただ、本能だけの存在・・・
憐れな男だな・・・」
「それをどうにかしてしまうのが、
ドクターアウトレイジらしいわ」
「ほう・・・」
ドクターアウトレイジと呼ばれる
その医師の腕には、竜らしき刺青があった。
その刺青が、ぼんやりと光っているように見える。
「明かりを消してくれないか」
「え?」
「彼の言う通りにして」
ドクターアウトレイジのそばには、大門未知子の姿があった。
「あ、はい、すぐに」
「彼は何を言っている? 手術中だぞ」
「見ていればわかるわ」
医師はその身にまとっていた手術着を力任せに破り捨てた。
まるでアスリートのように鍛え上げられた体の全身に、
ぼんやりと光を放つ、9つの首を持つ竜の刺青があった。
「あの刺青は、普段は皮膚の表面に現れることがなく、
オペ等で精神や神経が昂る、といった
特殊な条件下においてのみ現れるそうよ。
おまけに体内でペニシリン等、
様々な薬物を精製できる特殊体質・・・
それと、これは彼の医師としての能力とは
別の話になるのだけれど・・・
日本刀の使い手であり、収集家でもある。
いわくつきの代物を収集しており、
特に妖刀と呼ばれるものを好んで集めている。
太平洋戦争後に、GHQにより数多くの名刀が回収され、
その後行方がわからなくなっているらしいのだけれど、
そのほとんどを現在彼が所有しているそうよ」
「蛇の道は蛇、
暴力団と繋がりがあるからこそできる芸当か・・・
ところで、あれは、
漫画やゲームなんかでよくある勇者の証しのような、
先天的なものなのかね?」
「いいえ、後天的なものらしいわ。
でも、なぜそうなったのか、その原因はわからない。
ただ、Sの襲来の一年後に突如として現れたそうよ」
「ほう、それはおもしろい。
極限られた一部の者しか知らないことだが、
アベンジャーズによって歴史改変が行われ、
この世界ではインフィニティストーンとガントレットの力が
二度使われている。
その影響が濃厚だろうな。
そして、君は彼を選んだ、そういうわけか」
「そうね、彼以外にも候補者は何人かいたけれど。
あれを直にこの目で見てしまった以上、
彼以外は考えられなくなったわ」
「それにしても、おそろしく早い手さばき、いや、メスさばきだ。
助手を必要としていないぞ。
いや、あまりの早さに助手がついていけないのか・・・
しかし、どうやって彼に『それ』を渡す?
君が彼を選んでも、彼がそれを手にし、
これまでと違う生活を歩むことを望むかね?」
「簡単なことよ。
選ばざるを得ない状況に、彼を追い込む。
ただ、それだけ」
「ほう。
たとえば、あの全身にガンが転移した院長が、
突然化け物に姿を変えたら、とか、
そういうことか」
「まあ、そんなところかしら。
すでに仕込みはしてあるの
人はガンになって死ぬか、ガンになる前に死ぬか。
そのふたつしかない。
そして、ガン細胞は、
栄養さえ与え続ければ決して死ぬことはなく、
永遠に生き続ける」
「考えようによっては、
人はガン細胞を支配することさえできれば、
不老不死を得られるというわけか。
それで、君が仕込んだのは何なのかな」
「まもなくあの院長の体は、
全身のすべての細胞がガン化する。
その瞬間に、ここからこの拳銃で院長を撃つ」
「なるほど。
そのリボルバーの弾丸の中身は、
財団Xが先日資金提供を打ち切った、
なんといったかな・・・
ああ、千のコスモの会か、
その宗教団体が研究していた、
混沌の種子(カオスシード)というわけか」
「ええ、知っての通り、
カオスシードは、業(カルマ)の深い者の魂、
あるいは脳、そして、体を好む。
あの院長は、金に汚く、
その一方で、自分の保身のためならば、惜しみ無く金を使う。
医療ミスを何度も揉み消し、
あの年になっても院長の座を誰にも譲ろうとしない。
とうに百歳を越えているというのに」
「まさにカルマの塊だな」
「そうね、一体どんな化け物が孵化するか、楽しみだわ」
「あとどれくらいで全身の細胞がガン化するのかね」
「私のスマホでわかるようにしてあるわ。
今、10秒を切ったわ。
8、7、6、5・・・」
「4、3、2、1・・・」
銃声。
「な、なぜ、私を・・・」
女が撃ったのは、手術室の院長ではなかった。
目の前の男の額にめり込んでいた。
本来なら銃弾は、回転しながら皮膚と頭蓋骨に穴を開け、
脳内でさらに回転を繰り返し、後頭部を貫通するときには、
入り口よりもさらに大きな穴を開け、脳漿を撒き散らす。
かつて、合衆国の大統領が、
パレードの最中に狙撃されたときのように。
だが、カオスシードの弾丸は、決して貫通することはない。
脳の中枢部にとどまるようにできている。
「あら、ごめんなさい。手がすべっちゃったみたい。
なーんてね。
今ここにいる人間の中で、
一番カルマの深い人間に植え付けた方が、
おもしろいでしょう?」
「それは・・・君の間違いじゃないのか・・・」
「私はいいのよ。
いずれ、この世界の女王になる存在なのだから。
さ、もう意識が薄れていく頃よ。
あなたから孵化するカオスは、
一体どんな醜い姿をしているのかしら」
女は男に向かって、さらに拳銃の引き金を引く。
最初の一発に加えて、さらに四発のカオスシードが撃ち込まれた。
もはや意識のない男の体は、
手術室を見下ろすガラスにもたれかかり、
そして次の銃弾がガラスを割った。
男は手術室に落下していく。
それは、9つの首を持つ竜の刺青の医師が、
院長の手術を無事終えた、まさにその瞬間の出来事だった。
ドサリ、という落下音に、
手術に参加していた全員が、音のした方に顔を向けた。
そして、男の体から脱皮するように、カオスが孵化するのを見た。
その醜悪な出で立ちは、
女が複数のカオスシードを撃ち込んだからか、
まるでキマイラ(合成獣)のようだった。
ただのキマイラではなく、
皮膚がただれ、腐り、
動く度に体液や肉片、そして腐臭を撒き散らす、
まさに醜悪そのものだった。
その場にいた者たちの悲鳴が次々と上がる。
「なんだ、この化け物は・・・」
ただれキマイラは、医師に向かって飛びかかり、
医師は、慌てて飛び退いた。
手術室の床を転がり、顔を上げると、そこに見知らぬ女が立っていた。
いや、見知った顔だった。
かつて、テレビで見ない日はないほど注目された女だった。
そして、ある日を境に、バッシングの対象となり、
テレビから姿を消した女だった。
「あんたは確か・・・、小久保晴美・・・」
「そういうあなたは、
ドクターアウトレイジで間違いないかしら?」
小久保晴美と呼ばれた女は、ドクターアウトレイジに告げる。
「あなたのその体の秘密、教えてあげましょうか?」
「この体の秘密だと・・・?
・・・いや、そんなことを話している場合じゃないだろう?
あの化け物はなんだ?
なぜ、あんたがこんなところにいる?」
「大丈夫よ。見てごらんなさい」
ただれキマイラは、手術台で眠る院長を貪るように喰らっていた。
「カオスはカルマが大好物なのよ」
「カオス・・・? カルマ・・・?」
「カオスやカルマについては、今のあなたが知る必要のないもの・・・
ドクターアウトレイジ、
私は、3年前、一万人の人間が所持するスマートフォンをハッキングして
あるアプリケーションを仕込んだの。
それは、人類を次のステージに強制的に進化させるもの」
「強制的に進化・・・?
まさか・・・遺伝子改良か?」
「ご名答」
「なるほど・・・
持ち主の預かり知らぬところで、
スマホにアプリがインストールされ、
常に起動した状態にあれば、
スマホが発する、電子レンジ並みの電磁波を利用して
徐々に遺伝子を変化させていくことが可能というわけか・・・
確かに理論上は可能だな。
問題は、アプリさえ用意できれば、だが・・・」
「残念なことに、用意できてしまったの。
10000人の被験者のうち、
9999人は遺伝子改良に耐えられなかった・・・
人体発火する者もいれば、体中の筋肉、あるいは骨が溶けてしまった者・・・
人が死ぬパターンをすべて埋め尽くすようにして、みんな死んでいったわ・・・
けれど、遺伝子改良に耐え、生き残った人間がひとりだけいた。
それがあなたなのよ、ドクターアウトレイジ」
「にわかには信じがたい話だが・・・
この体がその証拠か・・・
それで、あんたは俺に何をさせたい?」
「あの、醜悪な化け物を倒してみせてほしいわ」
「どうやって?」
「これをもらってくれるかしら?」
「それは・・俺のスマホか?
なんだか、ゴテゴテといろんなものがつけられてるが・・・」
「20年ほど前に、ガラケーで変身する
仮面ライダーがいたのはご存知?」
「聞いたことはある。
確かスマートブレイン社が開発にかかわっていたな。
いつ、すぐそばの半島や、大陸から
長距離弾道ミサイルが飛んでくるかわからないようなこの国の問題に、
国連所属のアベンジャーズが介入しないのは、
この国には、仮面ライダーがいるからだからな。
全員ではないが、それなりの知識は
一般教養として持ち合わせているつもりだ。
・・・なるほど。
あんたは俺をスマホで変身する
仮面ライダーにしたいわけか・・・」
「私の一生に一度のお願い、聞いてくれるかしら?」
「引き受けなければどうなる?」
「私もあなたも、あの化け物に喰われる。
ただそれだけ」
ふたりが話をしているうちに、手術室にいた者は、
皆、ただれキマイラに喰われてしまっていた。
なぜふたりだけが襲われずにすんだのか、
それは小久保晴美が、ふたりの体を、
ただれキマイラの瞳に映らないようにしていたからだった。
「そいつはごめんだな。
あんたみたいな美人と死ぬなら、俺は腹上死がいい」
「それじゃ、死ぬのはあなただけじゃない」
「いや、死んだ俺の体をあんたに食べてもらうのさ。
そうすれば、あんたも死ぬ。
この体の中には、ありとあらゆる薬物、劇薬が
致死量以上に存在しているからな」
「それも悪くないわね。
じゃあ、それを交換条件にするのはどうかしら?」
「交換条件ね・・・
いいだろう、騙されてやる。
それを渡せ」
ドクターアウトレイジは、
小久保晴美から彼のスマートフォンをベースにした
バックルを受けとると、腰に当てた。
銀色のベルトが、バックルから伸び、腰に装着される。
「変身、て言わないとだめか?」
「ぜひ言ってほしいわね」
「しかたない・・・
美人の頼みは断らない主義でね・・・
だが、言うのはこれっきりにさせてくれよ・・・
恥ずかしいからな・・・」
「えぇ、一度聞かせてくれるだけで満足よ」
「変・・・、身!!」
こうして、
ドクターアウトレイジは、
仮面ライダーになった。