序章(動画のみ)

 

 

 

 

#01 (動画、テキスト共に有り)

 

 

 

2023/10/09 23:54

都内 某大病院 手術室



クラシックの名曲、ワーグナーの
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を
かけながら手術をする、天才外科医がそこにはいた。


「メス、鉗子、汗・・・」


それは、医療ドラマで良く見る、手術の風景そのものだった。


その手術を、ガラス越しに別室で見守る一組の男女がいた。


「彼が?」


「そう、暴力団御用達の天才外科医、サナダ。
 通称、ドクターアウトレイジ」


「随分とまあ、ストレートな二つ名だな」


「元暴力団員という経歴だけでなく、
 違法薬物の売買から殺人まで、9つの前科を持ちながらも、
 無免許医ではなく、医師免許を持つ開業医・・・」


「ほう、それは、めずらしい。
 医師免許は国家資格だろう?
 一体どんな手を使ったのやら・・・」


「どうやら、金光会系指定暴力団牧野組から
 医学会に多額の資金援助があったようよ」


「結局、人も国家も、金さえあれば動かせるというわけか」


「でも、外科医としての彼の腕は確からしいわ。
 この大病院の院長自ら、彼を指名したようだから。

 その院長、片山何某自身が患者だと言えば、
 彼の能力の高さを理解してもらえるかしら?

 噂では、あの大門未知子女史さえも匙を投げたらしいわ。
 肺ガンが全身に、脳にまで転移した手術不可能な末期ガンだそうよ」


「まともな思考が、もはやできないというわけか。
 どんな天才外科医でも、どうにかなるレベルではないだろう?
 今の自らの立場と、生にしがみつく、
 生物としての本能、いや、欲深い人間の本能か、
 もはや、ただ、本能だけの存在・・・
 憐れな男だな・・・」


「それをどうにかしてしまうのが、
 ドクターアウトレイジらしいわ」


「ほう・・・」


ドクターアウトレイジと呼ばれる
その医師の腕には、竜らしき刺青があった。
その刺青が、ぼんやりと光っているように見える。


「明かりを消してくれないか」


「え?」


「彼の言う通りにして」


ドクターアウトレイジのそばには、大門未知子の姿があった。


「あ、はい、すぐに」



「彼は何を言っている? 手術中だぞ」


「見ていればわかるわ」



医師はその身にまとっていた手術着を力任せに破り捨てた。

まるでアスリートのように鍛え上げられた体の全身に、
ぼんやりと光を放つ、9つの首を持つ竜の刺青があった。



「あの刺青は、普段は皮膚の表面に現れることがなく、
 オペ等で精神や神経が昂る、といった
 特殊な条件下においてのみ現れるそうよ。

 おまけに体内でペニシリン等、
 様々な薬物を精製できる特殊体質・・・

 それと、これは彼の医師としての能力とは
 別の話になるのだけれど・・・

 日本刀の使い手であり、収集家でもある。
 いわくつきの代物を収集しており、
 特に妖刀と呼ばれるものを好んで集めている。

 太平洋戦争後に、GHQにより数多くの名刀が回収され、
 その後行方がわからなくなっているらしいのだけれど、
 そのほとんどを現在彼が所有しているそうよ」


「蛇の道は蛇、
 暴力団と繋がりがあるからこそできる芸当か・・・

 ところで、あれは、
 漫画やゲームなんかでよくある勇者の証しのような、
 先天的なものなのかね?」


「いいえ、後天的なものらしいわ。
 でも、なぜそうなったのか、その原因はわからない。

 ただ、Sの襲来の一年後に突如として現れたそうよ」


「ほう、それはおもしろい。
 極限られた一部の者しか知らないことだが、
 アベンジャーズによって歴史改変が行われ、
 この世界ではインフィニティストーンとガントレットの力が
 二度使われている。

 その影響が濃厚だろうな。

 そして、君は彼を選んだ、そういうわけか」


「そうね、彼以外にも候補者は何人かいたけれど。
 あれを直にこの目で見てしまった以上、
 彼以外は考えられなくなったわ」


「それにしても、おそろしく早い手さばき、いや、メスさばきだ。
 助手を必要としていないぞ。
 いや、あまりの早さに助手がついていけないのか・・・

 しかし、どうやって彼に『それ』を渡す?

 君が彼を選んでも、彼がそれを手にし、
 これまでと違う生活を歩むことを望むかね?」


「簡単なことよ。
 選ばざるを得ない状況に、彼を追い込む。
 ただ、それだけ」


「ほう。
 たとえば、あの全身にガンが転移した院長が、
 突然化け物に姿を変えたら、とか、
 そういうことか」


「まあ、そんなところかしら。
 すでに仕込みはしてあるの

 人はガンになって死ぬか、ガンになる前に死ぬか。
 そのふたつしかない。

 そして、ガン細胞は、
 栄養さえ与え続ければ決して死ぬことはなく、
 永遠に生き続ける」


「考えようによっては、
 人はガン細胞を支配することさえできれば、
 不老不死を得られるというわけか。

 それで、君が仕込んだのは何なのかな」


「まもなくあの院長の体は、
 全身のすべての細胞がガン化する。
 その瞬間に、ここからこの拳銃で院長を撃つ」


「なるほど。
 そのリボルバーの弾丸の中身は、
 財団Xが先日資金提供を打ち切った、
 なんといったかな・・・

 ああ、千のコスモの会か、

 その宗教団体が研究していた、
 混沌の種子(カオスシード)というわけか」


「ええ、知っての通り、
 カオスシードは、業(カルマ)の深い者の魂、
 あるいは脳、そして、体を好む。

 あの院長は、金に汚く、
 その一方で、自分の保身のためならば、惜しみ無く金を使う。

 医療ミスを何度も揉み消し、
 あの年になっても院長の座を誰にも譲ろうとしない。

 とうに百歳を越えているというのに」


「まさにカルマの塊だな」


「そうね、一体どんな化け物が孵化するか、楽しみだわ」


「あとどれくらいで全身の細胞がガン化するのかね」


「私のスマホでわかるようにしてあるわ。
 今、10秒を切ったわ。
 8、7、6、5・・・」


「4、3、2、1・・・」



 銃声。



「な、なぜ、私を・・・」


女が撃ったのは、手術室の院長ではなかった。

目の前の男の額にめり込んでいた。


本来なら銃弾は、回転しながら皮膚と頭蓋骨に穴を開け、
脳内でさらに回転を繰り返し、後頭部を貫通するときには、
入り口よりもさらに大きな穴を開け、脳漿を撒き散らす。

かつて、合衆国の大統領が、
パレードの最中に狙撃されたときのように。

だが、カオスシードの弾丸は、決して貫通することはない。
脳の中枢部にとどまるようにできている。


「あら、ごめんなさい。手がすべっちゃったみたい。
 なーんてね。
 今ここにいる人間の中で、
 一番カルマの深い人間に植え付けた方が、
 おもしろいでしょう?」


「それは・・・君の間違いじゃないのか・・・」


「私はいいのよ。
 いずれ、この世界の女王になる存在なのだから。
 さ、もう意識が薄れていく頃よ。
 あなたから孵化するカオスは、
 一体どんな醜い姿をしているのかしら」


女は男に向かって、さらに拳銃の引き金を引く。
最初の一発に加えて、さらに四発のカオスシードが撃ち込まれた。

もはや意識のない男の体は、
手術室を見下ろすガラスにもたれかかり、
そして次の銃弾がガラスを割った。

男は手術室に落下していく。



それは、9つの首を持つ竜の刺青の医師が、
院長の手術を無事終えた、まさにその瞬間の出来事だった。

ドサリ、という落下音に、
手術に参加していた全員が、音のした方に顔を向けた。

そして、男の体から脱皮するように、カオスが孵化するのを見た。

その醜悪な出で立ちは、
女が複数のカオスシードを撃ち込んだからか、
まるでキマイラ(合成獣)のようだった。

ただのキマイラではなく、
皮膚がただれ、腐り、
動く度に体液や肉片、そして腐臭を撒き散らす、
まさに醜悪そのものだった。

その場にいた者たちの悲鳴が次々と上がる。


「なんだ、この化け物は・・・」


ただれキマイラは、医師に向かって飛びかかり、
医師は、慌てて飛び退いた。

手術室の床を転がり、顔を上げると、そこに見知らぬ女が立っていた。

いや、見知った顔だった。

かつて、テレビで見ない日はないほど注目された女だった。
そして、ある日を境に、バッシングの対象となり、
テレビから姿を消した女だった。


「あんたは確か・・・、小久保晴美・・・」


「そういうあなたは、
 ドクターアウトレイジで間違いないかしら?」


小久保晴美と呼ばれた女は、ドクターアウトレイジに告げる。


「あなたのその体の秘密、教えてあげましょうか?」


「この体の秘密だと・・・?
 ・・・いや、そんなことを話している場合じゃないだろう?
 あの化け物はなんだ?
 なぜ、あんたがこんなところにいる?」


「大丈夫よ。見てごらんなさい」


ただれキマイラは、手術台で眠る院長を貪るように喰らっていた。


「カオスはカルマが大好物なのよ」


「カオス・・・? カルマ・・・?」


「カオスやカルマについては、今のあなたが知る必要のないもの・・・

 ドクターアウトレイジ、
 私は、3年前、一万人の人間が所持するスマートフォンをハッキングして
 あるアプリケーションを仕込んだの。

 それは、人類を次のステージに強制的に進化させるもの」


「強制的に進化・・・?
 まさか・・・遺伝子改良か?」


「ご名答」


「なるほど・・・
 持ち主の預かり知らぬところで、
 スマホにアプリがインストールされ、
 常に起動した状態にあれば、
 スマホが発する、電子レンジ並みの電磁波を利用して
 徐々に遺伝子を変化させていくことが可能というわけか・・・

 確かに理論上は可能だな。
 問題は、アプリさえ用意できれば、だが・・・」


「残念なことに、用意できてしまったの。

 10000人の被験者のうち、
 9999人は遺伝子改良に耐えられなかった・・・
 人体発火する者もいれば、体中の筋肉、あるいは骨が溶けてしまった者・・・
 人が死ぬパターンをすべて埋め尽くすようにして、みんな死んでいったわ・・・

 けれど、遺伝子改良に耐え、生き残った人間がひとりだけいた。

 それがあなたなのよ、ドクターアウトレイジ」


「にわかには信じがたい話だが・・・
 この体がその証拠か・・・

 それで、あんたは俺に何をさせたい?」


「あの、醜悪な化け物を倒してみせてほしいわ」


「どうやって?」


「これをもらってくれるかしら?」


「それは・・俺のスマホか?
 なんだか、ゴテゴテといろんなものがつけられてるが・・・」


「20年ほど前に、ガラケーで変身する
 仮面ライダーがいたのはご存知?」


「聞いたことはある。
 確かスマートブレイン社が開発にかかわっていたな。

 いつ、すぐそばの半島や、大陸から
 長距離弾道ミサイルが飛んでくるかわからないようなこの国の問題に、
 国連所属のアベンジャーズが介入しないのは、
 この国には、仮面ライダーがいるからだからな。

 全員ではないが、それなりの知識は
 一般教養として持ち合わせているつもりだ。

 ・・・なるほど。
 あんたは俺をスマホで変身する
 仮面ライダーにしたいわけか・・・」


「私の一生に一度のお願い、聞いてくれるかしら?」


「引き受けなければどうなる?」


「私もあなたも、あの化け物に喰われる。
 ただそれだけ」


ふたりが話をしているうちに、手術室にいた者は、
皆、ただれキマイラに喰われてしまっていた。

なぜふたりだけが襲われずにすんだのか、
それは小久保晴美が、ふたりの体を、
ただれキマイラの瞳に映らないようにしていたからだった。


「そいつはごめんだな。
 あんたみたいな美人と死ぬなら、俺は腹上死がいい」


「それじゃ、死ぬのはあなただけじゃない」


「いや、死んだ俺の体をあんたに食べてもらうのさ。
 そうすれば、あんたも死ぬ。

 この体の中には、ありとあらゆる薬物、劇薬が
 致死量以上に存在しているからな」


「それも悪くないわね。
 じゃあ、それを交換条件にするのはどうかしら?」


「交換条件ね・・・
 いいだろう、騙されてやる。
 それを渡せ」


ドクターアウトレイジは、
小久保晴美から彼のスマートフォンをベースにした
バックルを受けとると、腰に当てた。

銀色のベルトが、バックルから伸び、腰に装着される。


「変身、て言わないとだめか?」


「ぜひ言ってほしいわね」


「しかたない・・・
 美人の頼みは断らない主義でね・・・
 だが、言うのはこれっきりにさせてくれよ・・・
 恥ずかしいからな・・・」


「えぇ、一度聞かせてくれるだけで満足よ」




「変・・・、身!!」




こうして、
ドクターアウトレイジは、
仮面ライダーになった。

 そこは、古代のようでもあり、未来のようでもある、不思議な空間だった。

──神話にだけ語られる神の国に、もし人の国と同じだけの時間がもし流れていたならば、そのような超古代文明のような国になっているのかもしれない。

 かつて、その空間にいざなわれた者は、そう思ったという。

 その亜空間としか呼びようのない場所では、神の威を借る者たち「カムイ」と、その空間にいざなわれた仮面ライダーたちとの熾烈な戦いがあったとされている。
 仮面ライダーたちは、その戦いにからくも勝利し、それぞれの時代、それぞれの世界へと帰っていった。

 だが、その戦いは、歴史自体を変えてしまうものであった。
 仮面ライダーたちの中には、その空間の外に一度出た瞬間、その存在が消えてしまう者や、歴史を変えたこと自体がなかったことになってしまう者たちがいた。

 その者たちは、その亜空間に残ることを選んだ。
 そのわずか十人にも満たないその者たちは、新たな人の歴史を始めるかのように、子を産み、育て、そして、決して死ぬことはなく、千年の時が流れた。

 亜空間は、「九頭龍国」という名の国となった。

 その国の人々は、細胞のひとつひとつが、千年の時を生きることができ、細胞分裂を繰り返すことによる劣化も、ガン化という突然変異を起こすこともなく、永遠とも言える寿命を享受していた。

 初代女王である「梨沙(りさ)」が行方をくらまし、二代目の女王「芽依(めい)」が即位したのは、まだ数年前のことだった。

 芽依は、梨沙の腹違いの妹だった。

 九頭龍国建国の立役者である、梨沙の父と、小久保晴美という女の間に産まれた。

 ふたりは、多くの子を残し、梨沙もまた父との間に、多くの子を残した。

 国中が三人の子と、その子孫であったが、民が増えるにつれ、晴美の子かその子孫であるか、梨沙の子かその子孫であるか、ということが、次第に重要視されていくようになった。

 それは、三人の思い描いていた世界・・・

 誰も憎まず、誰も恨まず、誰かを傷つけることも、傷つけられることもない、毎日が幸福で、いつも笑顔でいられる・・・

 三人のときには可能だったことが、不可能となってしまったことを意味していた。

 三人が生まれ育った世界と、何ら変わらない国を作ってしまったことに、永遠の時を生きることができ、外界に存在する人よりも強靭な肉体を持っていたとしても、健全な肉体に健全な精神が宿るわけではないのだと、人は所詮、人でしかないのだと三人は絶望し、その身を隠した。



 九頭竜歴666年6月6日、晴美の子である二代目女王芽依は即位式の最中に、国の守り神である九頭竜が、九頭龍国に存在しないことを知る。

 晴美や梨沙との間に多くの子を遺した、九頭龍国の父は、九頭竜の化身であった。

 芽依は、父と九頭竜、そして晴美と梨沙に、自分たちは見棄てられたのだと理解した。

 即位式では、その後、戴冠の儀の最中、梨沙の子である麻衣(梨沙の母の名前をつけたという)を、支持する梨沙派による自爆テロが起きた。

 九頭龍国は、その日から、北朝アベルズと南朝カインズ、それぞれが別々の女王を有する二つの国に分かれ、戦争が始まった。


 それは、かつてのような、カムイと仮面ライダーの戦いではなく、同じ男を父とする、千年細胞を持つ人間同士の殺しあいだった。

 それから3年と3月3日の時が流れ、ようやく戦争は終わった。


 戦争終結の理由は、アベルズもカインズも、もはや戦える者が誰もいなくなったためであった。

 それは、どちらの国家の滅亡したことを意味し、同時に、かつての九頭龍国自体の滅亡をも意味していた。

 戦争を、そのような結末を望んでいなかったのは、アベルズの女王芽依と、カインズの女王麻衣のふたりだけだった。
 もはや、国ですらなくなり、ただの亜空間に成り下がった世界で、女王ですらないふたりと、初代女王の時代から摂政を務めてきた鳴滝という男だけが生き残った。

 鳴滝は、ふたりの女王のために、千年以上の時をかけてようやく完成させた、外界に出ても、その存在が消えることのない特殊な措置を施すと、ふたりを外界に送り出すことにした。

 そして、自らは亜空間と共に消滅した。



 外界は、西暦2027年であった。

 亜空間が産み出されたのが、西暦1989年のことであったから、外界はわずか38年しか、時間が経過していなかった。

 芽依と麻衣は、街中の至るところに風車のある街にいた。


 そして、ふたりの目の前には、かもめビリヤードという看板の建物があり、そのそばには探偵事務所があった。


 ふたりはまるでいざなわれるように、その探偵事務所のドアを開いた。



 自分以外には誰もいなかったはずの探偵事務所に、突如として現れたふたりの少女・・・
 鳴海探偵事務所の新米探偵は、驚きを隠せなかった。

 ふたりの少女は、出入口からちゃんと入ってきたのだが、新米探偵は師匠である探偵のデスクで、彼が愛用するハットやタイプライターで、一人前の探偵の真似をしていた最中だった。
 だから、それに気づかなかったのだ。

 新米探偵は、元警察官で、同時に前科者でもあり、仮面ライダーでもある男だった。

 彼は、三年前の亜空間での戦いのあと、共に戦った仲間たちの紹介で、この探偵事務所の左翔太郎という男の弟子になっていた。

 その左翔太郎は、数日前に受けた依頼の調査のため外出したばかりであり、その相棒は、常に地下室にこもりきりのひきこもり。
 事務所の所長は、夫の働く風都警察署に訳あって出掛けていた。


 新米探偵は、最初こそ驚きはしたものの、

「本日はどのようなご依頼で?」

 すぐに平静を装った。

 そして、

「はじめまして。
 私は甲斐享。
 当事務所の探偵です」

 その名を名乗った。

 街の至るところに風車があるその街は、
 風都と呼ばれていた。

 探偵事務所の名は、鳴海探偵事務所。

 初代所長である鳴海荘吉の苗字がとられ
 現在の所長は照井亜樹子という女性である。
 旧姓、鳴海亜樹子。鳴海荘吉の一人娘だ。

 現在鳴海探偵事務所に所属する探偵は、三人。

 鳴海荘吉の唯一の弟子である左翔太郎。
 そして、その相棒、フィリップ。

 フィリップという名は、自らの名前すら知らず、
 とある組織の研究にただただ利用されていた少年の
 救出の依頼を受けた鳴海荘吉が、
 彼が敬愛するフィクションの中の探偵の名前からとったものだ。
 鳴海荘吉はその依頼の最中に死亡し、
 依頼を引き継いだ左翔太郎と行動を共にするようになる。
 後にその少年は自らの名前と出自を知ることになるが、
 今もなお鳴海荘吉に与えられた名前を名乗り続けている。

 鳴海荘吉は、最期までハードボイルドを貫いた探偵であった。
 しかし、その弟子である左翔太郎は、
 ハードボイルドには程遠く、ハーフボイルド探偵と呼ばれていた。
 だが、それももはや昔の話だ。

 今では、かつての鳴海荘吉のように弟子をとっている。

 それが鳴海探偵事務所に所属する三人目の探偵、甲斐享だ。




 その甲斐享は、
 二人の少女の来訪を前に、
 左翔太郎が不在の時に
 厄介なことに巻き込まれたな、と思った。

 地下室のひきこもりは、
 テレビで偶然見かけたCMに、
 自分そっくりの俳優が出ていることに興味を持ち、
 桃太郎や金太郎、浦島太郎といったおとぎ話について
 調べはじめ、もう一週間は顔を見ていなかった。

「つまり、あなたたちは、
 九頭竜の仮面ライダーと小久保晴美のこどもと、」

 甲斐享は、芽依を見て、

「九頭竜の仮面ライダーと加藤梨沙のこども・・・?」

 麻衣を見た。

「父上や母上のことを知っているのか?」

「一緒に何度か戦ったことがある・・・
 その程度だけど・・・

 えーっと、もう一回確認させてもらえるかな?
 あの亜空間の中では、
 千年以上の時間がすぎていて・・・

 今、君たちのお父さんと
 ふたりのお母さんの三人は行方不明で・・・

 本来なら、君たちはあの亜空間の」

「亜空間などと呼ばないでください!
 九頭龍国という名前があります!!」

 芽衣という名の少女が声を荒げた。

「あ、ごめんごめん」

 甲斐享は、慌てて謝罪する。

「本来なら君たちは、
 九頭龍国の外では
 存在することができないはず・・・
 だけど」

「鳴滝様が千年以上の時をかけて、
 研究に研究を重ねた結果、
 出られるようにしてくれました」

「その鳴滝さんとも一応、
 顔見知りなんだけど・・・」

「そうか、話が早くて助かる」

 先ほど声を荒げたものの、
 丁寧な言葉遣いをする少女が芽衣。

 まるで小さな男の子のような
 口調の少女が麻衣だ。


「彼は、九頭龍国と共に消滅した
 ・・・と。
 これであってる?」

「その通りです。
 あなたは、お父様やお母様、梨沙様、
 そして鳴滝様をご存知であり、
 九頭龍国のあったあの世界のことも
 ご存知でいらっしゃるのですね?

 もしかして、千年以上前に、
 カムイと戦われた仮面ライダーと
 呼ばれる存在のおひとりで
 いらっしゃいますか?」

「カムイ?」

「神の威を借る者たちのことです」

 カムイという呼称には聞き覚えがなかったが、
 神の威を借る者たちという表現に、
 甲斐享には思い当たる節があった。

「あのときの造化三神もどきのことか・・・
 確かに、俺はそのとき戦った
 仮面ライダーのひとりだよ。
 今はここで探偵をしてる。
 雇われだけどね。
 おまけに、まだ見習い」

「そうですか・・・」

「なあ、芽依。
 大事なことを話し忘れてないか?
 芽依の戴冠式の日には、
 パパとママと晴美は
 もう九頭龍国にいなかったんだろ?」

「そうでした。
 わたくしが、九頭龍国の
 二代目女王となったのは、
 初代女王梨沙様が
 突然姿をお隠しになられたからです」

「あの女の子が女王様とはねぇ・・・」

 甲斐享の知る梨沙は、
 麻衣と同じで男の子のような口調で
 話すような少女だった。

「そのあと、すぐに自爆テロが起きた。
 九頭龍国は、芽依派と麻衣派の
 ふたつに分かれて戦争になった。

 麻衣たちは、派閥なんかいらないのに。

 勝手に、晴美の子かその子孫か、
 ママの子かその子孫かで国が
 ふたつに分かれて争いはじめた」

「その直前にわたくしは、
 九頭龍国にすでに
 九頭竜がいないことに気づきました」

「九頭竜・・・
 つまり、君たちのお父さんのことだね」

「そうです。そして、お母様と」

「ママもたぶんいっしょ」

 甲斐享の言葉に、二人の少女が答える。

「九頭龍国の外に出たらどうなるか、
 あの三人が一番知っているはずだ」

「でも、いなくなった」

「鳴滝さんが研究していたという、
 君たちを今存在させている何かを使ったか、
 あるいは存在自体がなかったことになったか・・・」

 そのどちらかであることは間違いなかった。

「後者について聞きたい。
 パパたちは、この世界に来てるのか?」

「それは、人探しの依頼かな?」

「どういう意味ですの?」

「ここは、探偵事務所だ。

 君たちのお父さんやお母さんを
 探してほしいという依頼なら、
 ぼくは探偵として、それを引き受ける。

 君たちは依頼料としてお金を支払う。

 見つかるかどうかはわからない。

 見つかれば、成功報酬として、
 見つからなかったとしても、
 捜査にかかった費用は頂く」

「お金ってなんだ?」

 と、麻衣。

「聞いたことはありますが・・・
 生憎持ち合わせておりません・・・。
 九頭龍国には、そのような概念は
 存在しませんでしたから」

 芽衣が続け、

「でも、これなら渡せる」

 そして、麻衣は甲斐享に、ある物を差し出した。

「これは?」

 差し出されたそれは、
 探偵業としての依頼料や成功報酬などとは
 くらべものにならないものだと、
 甲斐享には一目で理解できた。

 甲斐享には、それが、
 自分のためだけに、存在するものだと
 何故だかわかった。

 彼が持つものと、
 それは大きく形状が異なるが・・・



 それは変身用のバックルだった。