そこは、古代のようでもあり、未来のようでもある、不思議な空間だった。

──神話にだけ語られる神の国に、もし人の国と同じだけの時間がもし流れていたならば、そのような超古代文明のような国になっているのかもしれない。

 かつて、その空間にいざなわれた者は、そう思ったという。

 その亜空間としか呼びようのない場所では、神の威を借る者たち「カムイ」と、その空間にいざなわれた仮面ライダーたちとの熾烈な戦いがあったとされている。
 仮面ライダーたちは、その戦いにからくも勝利し、それぞれの時代、それぞれの世界へと帰っていった。

 だが、その戦いは、歴史自体を変えてしまうものであった。
 仮面ライダーたちの中には、その空間の外に一度出た瞬間、その存在が消えてしまう者や、歴史を変えたこと自体がなかったことになってしまう者たちがいた。

 その者たちは、その亜空間に残ることを選んだ。
 そのわずか十人にも満たないその者たちは、新たな人の歴史を始めるかのように、子を産み、育て、そして、決して死ぬことはなく、千年の時が流れた。

 亜空間は、「九頭龍国」という名の国となった。

 その国の人々は、細胞のひとつひとつが、千年の時を生きることができ、細胞分裂を繰り返すことによる劣化も、ガン化という突然変異を起こすこともなく、永遠とも言える寿命を享受していた。

 初代女王である「梨沙(りさ)」が行方をくらまし、二代目の女王「芽依(めい)」が即位したのは、まだ数年前のことだった。

 芽依は、梨沙の腹違いの妹だった。

 九頭龍国建国の立役者である、梨沙の父と、小久保晴美という女の間に産まれた。

 ふたりは、多くの子を残し、梨沙もまた父との間に、多くの子を残した。

 国中が三人の子と、その子孫であったが、民が増えるにつれ、晴美の子かその子孫であるか、梨沙の子かその子孫であるか、ということが、次第に重要視されていくようになった。

 それは、三人の思い描いていた世界・・・

 誰も憎まず、誰も恨まず、誰かを傷つけることも、傷つけられることもない、毎日が幸福で、いつも笑顔でいられる・・・

 三人のときには可能だったことが、不可能となってしまったことを意味していた。

 三人が生まれ育った世界と、何ら変わらない国を作ってしまったことに、永遠の時を生きることができ、外界に存在する人よりも強靭な肉体を持っていたとしても、健全な肉体に健全な精神が宿るわけではないのだと、人は所詮、人でしかないのだと三人は絶望し、その身を隠した。



 九頭竜歴666年6月6日、晴美の子である二代目女王芽依は即位式の最中に、国の守り神である九頭竜が、九頭龍国に存在しないことを知る。

 晴美や梨沙との間に多くの子を遺した、九頭龍国の父は、九頭竜の化身であった。

 芽依は、父と九頭竜、そして晴美と梨沙に、自分たちは見棄てられたのだと理解した。

 即位式では、その後、戴冠の儀の最中、梨沙の子である麻衣(梨沙の母の名前をつけたという)を、支持する梨沙派による自爆テロが起きた。

 九頭龍国は、その日から、北朝アベルズと南朝カインズ、それぞれが別々の女王を有する二つの国に分かれ、戦争が始まった。


 それは、かつてのような、カムイと仮面ライダーの戦いではなく、同じ男を父とする、千年細胞を持つ人間同士の殺しあいだった。

 それから3年と3月3日の時が流れ、ようやく戦争は終わった。


 戦争終結の理由は、アベルズもカインズも、もはや戦える者が誰もいなくなったためであった。

 それは、どちらの国家の滅亡したことを意味し、同時に、かつての九頭龍国自体の滅亡をも意味していた。

 戦争を、そのような結末を望んでいなかったのは、アベルズの女王芽依と、カインズの女王麻衣のふたりだけだった。
 もはや、国ですらなくなり、ただの亜空間に成り下がった世界で、女王ですらないふたりと、初代女王の時代から摂政を務めてきた鳴滝という男だけが生き残った。

 鳴滝は、ふたりの女王のために、千年以上の時をかけてようやく完成させた、外界に出ても、その存在が消えることのない特殊な措置を施すと、ふたりを外界に送り出すことにした。

 そして、自らは亜空間と共に消滅した。



 外界は、西暦2027年であった。

 亜空間が産み出されたのが、西暦1989年のことであったから、外界はわずか38年しか、時間が経過していなかった。

 芽依と麻衣は、街中の至るところに風車のある街にいた。


 そして、ふたりの目の前には、かもめビリヤードという看板の建物があり、そのそばには探偵事務所があった。


 ふたりはまるでいざなわれるように、その探偵事務所のドアを開いた。



 自分以外には誰もいなかったはずの探偵事務所に、突如として現れたふたりの少女・・・
 鳴海探偵事務所の新米探偵は、驚きを隠せなかった。

 ふたりの少女は、出入口からちゃんと入ってきたのだが、新米探偵は師匠である探偵のデスクで、彼が愛用するハットやタイプライターで、一人前の探偵の真似をしていた最中だった。
 だから、それに気づかなかったのだ。

 新米探偵は、元警察官で、同時に前科者でもあり、仮面ライダーでもある男だった。

 彼は、三年前の亜空間での戦いのあと、共に戦った仲間たちの紹介で、この探偵事務所の左翔太郎という男の弟子になっていた。

 その左翔太郎は、数日前に受けた依頼の調査のため外出したばかりであり、その相棒は、常に地下室にこもりきりのひきこもり。
 事務所の所長は、夫の働く風都警察署に訳あって出掛けていた。


 新米探偵は、最初こそ驚きはしたものの、

「本日はどのようなご依頼で?」

 すぐに平静を装った。

 そして、

「はじめまして。
 私は甲斐享。
 当事務所の探偵です」

 その名を名乗った。