人気blogランキングは? 文明アナリスト新井信介は、現代に希有な論客である。…90年代、TVの世界で知り合って以来、今日まで(いやこれからもだろうが)、彼に教えられ悟らされたことは数限りない。
 写真は、中国に通じる彼とともに、TV企画「鄧小平の全てを撮った写真家」のために、北京から上海へと取材した折のものである。
TV企画「鄧小平の全てを撮った写真家」のため中国を取材した 俗人然とふるまいながら、しかも超然として、どこまでもピュア、生来の「天からの眼差し」をもって、「世の気」を鋭く読み解く彼は、今年に入って、今がその時だと言わんばかりに人々に呼びかけている…「イノチよりカネ」でなく、「真実よりも、タテマエ」ではなく、「イノチ」と「真実」だけで、列島を再構築しましょう…と。
 はからずも、その言葉は、今この私が置かれた状況に引き寄せてみると、まさに「救世主の声」の響きをもって聞こえる(いずれにしろ個々人の生き方が、地域社会・国家・列島…を構築していく)。 
 ところで、母を「あちら側」に見送って、やがて2年…その間、私は、母をとりまいている血縁の、思ってもみなかった言動を身をもって体験し、彼らの「在り方」を垣間見ることになった。
 「こちら側」から立ち去っていった人を心から弔い、この世への思いを引き継ぎ、これから生きていく人の「生」を見定めるという、人々の叡智をもって歴史の中で培われた様々な「儀式」や、法的な手続き(相続を含む)は、とてもとても大切なことである。
 本来なら、残された者たちが互いを慮って、すんなりといくのがあらまほしきことであろう。とは言いながら、なかなかスムーズにいかないってのが、この世の常であるということも、いかな私とて認識していたのだけれど…。
 しかし、現実は悲しいほどにも世知辛く、「イノチよりカネ」「真実よりも、タテマエ」が、まるで正義ででもあるかのようにまかり通っているようなのだ…。
 亡き人との網の目のような関係性をよりどころとして(実は、「イノチ」と「真実」にもとずけば何のことはないのだが)、流言飛語を面白く振りまく輩は必ずいるもので、まるで勝者の如き「したり顔」と、やさしき者に「蔑んだ視線」を浴びせかける彼らに、私は、ただただ唖然とし悲しくはあるけれど、やせ我慢の精一杯で、「憐れみの一瞥」をかまそうかしら…。 
 もちろん、この私を全て「是」としているわけではないし、なによりも己を省みて恥じ入ることばかりではある。けれど、少なくとも私は imagine する。懸命に「イノチ」と「真実」を「則」として生きようと心がけてきた…。
 今はともかく「待つ」ことしか、私に方法は残されていない…彼らに、「イノチ」と「真実」を今一度見つめてみる imagine あることを願いながら…。
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