「全身と半身、どちらが良かったですか?」
主治医のK医師(「手術坊や」と密かに呼んでいる)が、次回の手術の参考にでもするかのように、「痲酔」のかけ方を、執刀に満足した余裕すら感じさせる口調で、私の重いまぶたの向こうから覗き込んで尋ねている。
「どちらが…」と言われても、マッサージコースを選ぶのと、ちとワケが違う。第一、こちとら、奇妙な台の上に未だ横たわったまま、「己の生」だって定かじゃないシチュエーション。それに、「良いも悪いも手術ってのは金輪際御免被りたい」っていう心境…。
とは言うものの、またしても「手術」と相成った私は、誰にも見せたことのない我が臓腑に何度も触れ、しかも切り刻んで縫い合わせるなどということをやってのけたK医師に、なんだか親近感のようなものも抱いていた。
「ここは是非応えなくてはならない」…恩義に報いねばならぬ。やっと下半身の存在を取り戻しつつある微かな感覚をたよりに、安堵の微笑みを作って、唇をキュッとひきしめるやりかたで、ただ頷いて見せた。
「そうですか、下半身だけの方ですか」…勝手に判断してしまったK医師は、にこやかに笑った。きっと次回の執刀を今からランスルーしているに違いない。
「好きこそものの上手なれ」で、キラリと輝く瞳の彼を、私は信頼している。我が命の左右を任せるには、とにかく「信ずる」以外にないのである。
まッ、あちら側に行った瞬間、この肉体を持つ私の「死」なんてないわけだから…。
さてところで私は、人々が「生かされている」なんて使うのが、ちょっとイヤだ。
災難や病から幸いにも救われ生を得たりした者がよく言うところのそれ。このところ、結構、耳にする。
「すまなさそうな」ポーズと裏腹に「選ばれてある者」意識が妙にプンプン臭う…。
それに誰によって「生かされている」のか?…その主語は、きっと「神」とか「仏」とか「宇宙」なんてのを想定しているのだろうが、ひょっとすると、ただ単に「ラッキー!」だっただけかもしれやしない。
そんなこんなで、単なる単語の流れなのだが、かつてある女性から「あなたは、選ばれた人よ」と言われたことがある。
とても若かった私は、いわゆる有名人だった彼女の言葉に、ある種の誇らしさ、「私は違う」という優越感…おこがましくも、「ある使命を持って生かされている者」なんて意識すら抱いて、心地よくすっ飛んでしまった。
で、私はどうなったかっていうと、現在の己がポジションを見るだけで明らか。…彼女は、きっと私にある種のあらまほしき「期待感」をこめていたのだろうし、「私のそばに置いておきたい男」あるいは「この私が好きになった男だから」なんてのが、きっと「選ばれた人」に最も近い意味。…そんなことすらわからなかったのか!まったく、いやはやな私である。
だが、彼女によって、私は、「己を意識する」ことをし始め、「この世には、それぞれが人生を持つ人が存在するだけいるという現実」も知った。…ふとした瞬間、私は手を見ながら、その形に人間の形の不思議さを感じ、怖気だってしまう。…まッ、ほとんど「病」なのである。
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