いかな故郷(いなか)とて、半世紀近くも「不在」でいれば、「ストレンジャー」で「よそ者」なのだろう…このところ、わが身に浸みてそう思う。
あれはそう、まだ小学低学年のある日、近所のガキ仲間と缶けりをしていた。…オニ役になっていた私は、逃げる彼らを追いかけている途中、奇妙な具合に、「なーんだ、そうだったのか」という思いに、走るのを止め、いぶかる仲間に背を向けて家に帰ってしまった。
以来、突然パタリと、缶けりも鬼ごっこも、川遊びもしなくなり、取り憑かれたように本ばかり読んでいた。
そんな一風変わった、冷めた視線を持つ子を、懐かしがって訪ねてくるようなヤツは、あのときも、とてつもない時を経た今も、なおさらいやしない。
「なーんだ、そうだったのか」っていうのは、きっと、子供ながらの「悟り」の境地とでも言うのだろうか。…しかし、今の私に、あのとき以上の「悟りの境地」に達し得るのだろうかっていうと、はなはだ心もとない。
もちろん、よってたかって来てくれる友を願っているわけではない。来られた日には、きっと、初めて出た同窓会のように、興味津々、俎上に載せられるのが関の山ってなもんで、「よそ者」である方が面倒くさくなくっていいくらいのもの…と、まァ、どうってことはない。
いやはや「故郷は遠きにありて思ふもの」…だから、そこはそれ、大いなるオプティミストだったはずの私としては、そんな“現(うつつ)”を追い払い、ここでも未だ「遠きみやこ」の心持つままに、我が故郷で、一人「エトランジェ」を楽しんでいるのがいい…。
ところでしかし、地域社会での関わりはともかく、それがごく近親者との関係となると、ちょっと話は別。…ひとときの帰省ならば、チヤホヤはしてくれるけれど、それは、まさに「寸劇」、いわば「礼儀」のようなもの。これまで、気が向いたときにしか顔を見せなかった、身勝手な後継者が、もっともらしく「終の棲家」なんて、したり顔で居を定めたとなると…うーん、これは難解なポジショニングを強いられるのがオチ…「エトランジェ」なんてことではすみはしない。
「オイオイ!いまさらぬけぬけと戻ってきて、まったく冗談じゃない、あんたにかわって、ずーッと、親たちの面倒みてたのは、こっちじゃないの…」なんてのが、きっと彼らの偽らざる腹の中…それは至極当然で、私だって、立場かえればそう思うだろう。
中には、「あなたの身勝手を許した覚えはない」などと、なんだかズバリ「おちつかない座り心地」に追い打ちをかけるように、「首根っこ」にドス突きつけるような言い草で、こちとらの「弱み」をついてくるお方もいたりするのが実のところ。…えッ、もしかして、コレって「骨肉の争い」っての?
なにしろ、私は「親不孝息子」なのだ。スンナリと「兄弟姉妹親類縁者」に受け入れられるとはゆめゆめ…思っているわけではない。
「異邦人」気分なんてのも、単なる「強がり」の口上で、実に甘っちょろいのである。
そこで、ただ今ある「現実」と、わが「立場」わきまえてのふるまいを心がけることにしよう。なーに、明日のこない今日なんてありはしないのだから…って、またまた「ノーテンキ」なことを。
さて、そんなわけでの話ではないが、「生老病死」は、生きとし生けるものの避けられぬ常、昨年暮れから数ヶ月の間に、その「親類縁者」の中の伯母や二人の叔母、義母が相次いで身罷り、今、ベッドで点滴を受けている叔父や叔母も…。
皆、病いの果てではあるものの、天寿にふさわしい齢であることが、せめてもの救い。…弔いは、生き残されている者たちの、これは、「務め」、「示し」であり「証し」である。
ところで、「務め」と言えば、我が母に、今までになく気弱に、拝むように「こちらで暮らして欲しい」と頼まれ、カミさんを伴い帰ってきたのは、「夫唱婦随」なんてのは、できすぎた話で、チャキチャキの東京育ちのカミさんを、過ぎし我が「不徳」を土下座してわび、歯の浮くような甘いささやきをセセラ受け流されながら、何とか説得しての、いわば「親孝行」の「証し」のようなもの。
しかし、カミさんにとってみれば、築き上げたキャリアを自ら捨てるようなもの、「あなたもついに都落ちね」とイヤミの一つも吐きたくもなるのが当然か。まッ、それはそれでケセラセラだ。
さて、その「親孝行」だけれど、実のところ「親不孝」も甚だしい「ま逆状態」で、私はこのところ病院通いに身をやつしているありさま。
だが、案に相違して一つだけうれしいことがある。…90を越えての一人暮らしは、さぞ辛かろうと、一緒に暮らし、三度の飯を食ってみると、いやはやなんとも「スゴイ!」のである。
我が母上は、弔いあるたびに、生きてあることに感謝するかのように、日増しに矍鑠としてくる。宗教や宗派に合わせた通夜、告別式、初七日、法事と、カレンダーをにらんでは事細かに記載し、黙々とスケジュールを一つ一つそつなくこなし、さらに新聞の死亡欄に目を光らせ、亡き父の葬儀の時の香典帳のチェックもおこたらない。
ここまで生かされたら、「天寿全うするのが使命」とばかりに、自らかりたてるように、張りのある毎日を、なぜか活き活きと送っているのである。
考えてみれば、このところの天変地異やおどろおどろしい世の中、私ならずとも、そう、もしてかして、こんな世界の日常が、すでにただならぬ窮地に立たされているやも知れないというのが、現実なのだけれど…。
〔PHOTO:JULIYA MASAHIRO〕
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