数冊の書物と終わりのない音楽、そして喉に心地よいバッカスの恵みがありさえすれば、境界のない空間と流れない時の中で、ひとり私は満ち足りている。
今はもう柔らかな吐息に絆されたりはしないから、生活するための一切合切さえなければ、おそらく私は一人で幸せに在り続けられるだろう。
これって、「オナニスム」の極致…?
例えば、ちょっと考えてみると、この世で何が最も煩わしいのかと言えば、男と女の二つの性でヒトの世が成り立っていることではないか…。それが生殖の目的だけのものであればシンプルに事は収まっていただろうに、二つの性が「プラスアルファ」を求めたが故に、喜びも哀しみも、怒りも楽しみも、男と女のかけひきに起因するものが大抵になってしまった。
そこで、もしヒトが単一の性しか持たず、生殖は一つの個体の中で起こり自己完結し(つまり、処女生殖、単為生殖)、おまけに快楽すらもそうであったりすれば、実に愉快である。
それでは、男女間に派生する機微もなく、第一、文明も生まれなければ、文化も育たないし、世に男女がなすところの均衡も保てなくなると言うのであれば、せめて生まれた後にそれぞれの好みによって性を選べればよいだろう。
つまり、母体内で分化するという性を、ちょっと遅らせ、この世に生まれ性に目覚めて後、自ら選んで発達させるなんてことができないか。
「私は、男であることを選びました」「女として生きていきます」と一人ひとりが、しかるべき時をもうけて「カミングアウト」の声(何も大声でなくとも、黙っていたってよいが)をあげるというわけだ。
「性同一性障害」という症例がなくなることは言うに及ばず、性差別による争いも多少は減るだろうし、「クレオパトラの鼻が…」なんてことで起こる歴史だって至極ごもっともな方へと流れ、現代の様相もきっと違っていたはずだ。
しかし、私の勝手な予想によれば、自ら選んだ性とても悩んだり問題を起こしたりするのが世の常、ヒトの常だから、まッ、今とそんなに変わらないというのが当たっているだろう。…第一、生きることの「をかしみ」のない世に、なぜ生きてなきゃいけないのかナンテことになってはつまらない。
このテーマ、語り出すと、誰だって袋小路のドツボにはまっていくものだから、いい加減にしておいた方がよさそうだ。
要するに、世の中の性がどうあろうと、性から自由に生きることはできる。そのように生きてきたヒトがミラーさんやホキだったことを言おうとしていたのだ。
今、つらつら思い出し考えてみると、ホキの魅力は、きっと何に対しても何をするのにも素のままで自由、偏見などという「眼鏡」を全く持っていないというピュアな心にある。
つまり、異人種だって、男だって女だって、オカマだってレズだってゲイだってホモだってバイだって、もともとそんなくくりが、心の中に存在していないから、ホキの回りには、ごく自然にどんなヒトでも自由に寄り集まってきた。 ホキが案内してくれたかつて住んだミラー邸…裏庭のプールも埋められていた…
ミッシェルのことは、何度か書いたけれど、“パブクラブHOKI”のオネエこと「マイク」のことも忘れられない。
いつも粋な着流し(ほとんど故江利チエミから、その舞台衣裳やら何やらを譲り受けたものだと聞く)でホキに寄り添うように、ちょこんと浅く腰掛けていたことを思い出す。
マイクについては、ホキも『文豪夫人の悪夢』(主婦の友社刊)の中に、詳しくふれているが、83年の夏頃だったか、「日本人で初めてAIDSに!故郷・新潟の雪を見たいといって日本へ…」などと、明らかにマイクと思われる人物が、某週刊誌に書きたてられた時には、私もかなり驚いた。
この記事の掲載を、江森(陽弘)さんからの電話で知ることになったのだが、「マイクとは、そもどんな人物か?」「AIDSの話は聞いたことがあるか?」という、何のことはないウラどり取材で根掘り葉掘り聞かれたというわけだ。
ホキと親しい江森さんに、ガセネタをもっともらしい記事にしたてあげたLA特派員の「尻ぬぐい」の役が回ってきたというわけだろう。
結局、マイクは、食道の入口を塞いだ動脈瘤かなにかで、その年の5月にみまかっていたのが真相で、AIDSなどでは決してなかった。…自らの性にズッポリとはまることで、難しい時代にみごとな「オネエ道」を貫いての大往生であった。
ところで、LAに滞在していたとき、ホキに連れられてマイクの部屋を訪ねたことがある。
「タマちゃん」と呼ばれていた私は、江戸弁のオネエ言葉で「ネェ、いいこと、タマちゃん、ホキちゃんを大切にシタげるのよ」とまるで母親のように頼まれたのを覚えている。
その時、マイクとホキと私のいる空間に見たデジャヴのような感覚が、今こうして思い出をたどっている私が見ているものと奇妙に重なっているのは、どうしたことだろう…。
(つづく)
〔PHOTO:HIROKODAMA〕
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