16日から開催されている第60回「カンヌ国際映画祭」が、いよいよ最終日を迎える。
最高賞パルムドールなどの各賞を競うコンペティション部門の候補は22作。…どこから観ても興味をそそる常連や、みずみずしい新人監督たちがズラリ顔を揃えている。
日本から、50回で「カメラドール」を受賞した河瀬直美監督の『殯の森(もがりのもり)』がノミネートされていたり、松本人志の初監督作品『大日本人』が上映されたりと、今年は何かと話題も多い。
北野武監督が60回記念映画『To Each His Own Cinema』の世界の35人の映画監督の一人として競作した短編『素晴らしき休日』の好評ぶりがすでに伝わってきている。
世界の興行界をリードしつづけてきた「カンヌ」は、いわば「映画人のための映画祭」なのだけれど、我々「一般人」も、ただ賞の行方をチラリとみるだけでなく、今どきネットを彷徨うだけでも、様々に楽しめる…。
ところで、ひょんなことで、ツービート時代の北野武と接近遭遇したことがあるのだが、当時はもちろん、彼がこうして「カンヌでスポットライトを浴びている」なんて思いもしなかった。
私も「放送作家」というのもおこがましい「かけだし」だったけれど、彼も確か30になったかどうかの頃だ。
たまたま企画を頼まれて書いた、とあるキー局の子供番組に、「お騒がせコンビ」としてレギュラー出演してもらった。
デビューしたばかりだったけれど、すでに「ビートたけし」の片鱗をうかがわせるところはあった。あの丸い肩を斜に構えて「ギクリ」とやる癖は、どこかやり場のない彼の「恥じらい」と「矜持」の持って行き方のような気がして妙に鮮明な印象が残っている。
また、そのファッションも目を引いた…当時、漫才と言えば、スーツにネクタイでキッチリ決めるのが、いわば「きまり」みたいなものだったが、彼らはTシャツにブルゾン、ボトムは、いわゆる「ハーレムパンツ」様のもので、ジャワ更紗のような柄がプリントされていた。やはり、「ちょいと我々は違うんだゾ」というところがあったのだろう。
やがて、彼らにとって代わってユートピアが引き継ぐのだけれど、この番組には、マギー司郎などの若手にも出てもらったりして、今考えると、「漫才ブーム」を担って爆発する前の、いわば「序奏」時代だったのだろう。
彼らとともに、私も新宿MHの楽屋に出入りするようになり、そこには、コントWベアーのレオナルド熊さんや天野良昭さんがいたりして、やがて、歌舞伎町にレストランシアターが出来るから手伝ってくれと言われ、とある商業演劇の文芸部員の名刺をもらい、TVと舞台で「二足のわらじ」をはくことになった。人は時に流転変転していく…
(この時代の話はきりがない、気が向いたら次回つづけます)
いささか古い二重写しになっている写真(心霊写真ではない)だが、新宿MHの楽屋は、若手たちの修行の場だった。
左奥に故レオナルド熊さん、右にユートピア
のホープ、そして私、ピースちゃん
…それにしても、みんな若いねェ!
〔PHOTO:DOMINANT LIMITED〕
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