PARIS, JE T'AIME
 フランス映画『PARIS, JE T'AIME
』(4/13まで、日比谷シャンテシネ)は、パリの街を舞台に18のストーリーが綾なすオムニバスだ。もちろん監督も18人、いずれもなるほどと思わせるキャスティングで、1話およそ5分の「パリの風景と人生模様」を、それぞれの手法を駆使してスケッチしているから、もう言葉もないほど…。

 「街角の小さな物語…パリの街が主役のラブ・ストーリー!予期せぬ出会いと別れ、喜び、哀しみが散りばめられた、<愛>の物語の万華鏡」…とパンフレットのコピーも小憎らしいほどにうまい!

 が、実は「観てのお楽しみ」で、一編一編の中身はそんな「きれいに」言われたんじゃ身も蓋もない。

 6区カルチェラタンを舞台に描かれた、離婚調停前夜の別居中の夫婦(なんと言ってもジーナ・ローランズとベン・ギャザラである)の会話は珠玉。

 9区歓楽街ピガールの「のぞき部屋」の二人(ファニー・アルダンとボブ・ホスキンスだ)も、うまく場所柄を手玉に取っていて、透き通ったパリのアンニュイを感じてしまう。

 17区クルセル通りをモンソー公園駅まで歩く初老の男(ニック・ノルティ)の言外の饒舌(長まわしのほぼ1カット)は、演出の領分を感じさせないのだ。

 パリは、いつ訪れても、そのとき抱いた思いをそのままにしておいてくれる。だから私は、その度に、パリの街の映し絵を包みこんで漂い続けていたシャボン玉を、ポケットに忍ばせておいた針を使って、そっとはじけさしてやるのだ。すると一瞬、飛散したシャボンの冷たい香りが、私をその時のその場に引き戻してくれる。

                               PARIS, JE T'AIME
 パリ祭の思い出

 少々季節は早いのだけれど、パリといえば「パリ祭」が思い浮かぶ。 

 フランス国旗は、「トリコロール(フランス語 tricolore)」とも呼ばれ、「青・白・赤(自由、平等、博愛を象徴する)」の三色の組み合わせ…。「7月14日(Le Quatorze Juillet)」のパリは、街並み全体がそれらの色で彩られる。
 1789年ルイ16世の時代、アンヴァリッド(廃兵院)で武器を手に入れたパリ市民たちがバスティーユ監獄を襲撃し、「フランス革命」の火蓋が切って落とされた記念のその日、シャンゼリゼ大通りは交通止めになり、大統領を先頭に、戦車や戦闘機までかり出されて、軍隊のパレードが行われる。
 テレビで数時間も生中継されるフランスのこの国家的行事を、わが国だけは「パリ祭」と呼んで親しんでいる。
 それらのルーツをよくは知らない商業施設や店舗までがこぞって、「パリ祭フェア」「○○のパリ祭」などとキャンペーンをはって、商魂たくましく便乗するからあっぱれだ!
 トーキー初期の1932年、ルネ・クレール監督の映画『7月14日』が日本で公開されるにあたって、「そのものズバリはどうもわかりにくく無粋だ!」と、配給会社がつけたタイトルが『巴里祭』だったことに由来するとか。…革命記念日の前夜祭を背景に、タクシー運転手と、花売り娘の互いに惹かれ合う恋のすれ違いを描いたストーリーは、観る者の心に響いたに違いない。
 以前、外務省の特別番組で「7月14日」の、その「ハレの日」を撮る機会があった。
 前夜、バスティーユ広場に近い消防署内の中庭で開かれたダンスパーティに招かれた。誰でもが、普段着のまま踊りの輪に加わわれる「庶民の祭」で、まさに「巴里祭」という雰囲気だった。
 パリの至る所で開かれる前夜祭だが、それにしても、『巴里祭』の字面と響きが心地よい。
 もし原題『7月14日』のままだったら、「花の都・巴里」への憧れも生まれず、商いともドッキングすることはなかっただろう?…命名のセンスに敬服だ!

 アクセントはトリコロール

 人々がトリコロール配色で、真っ先にイメージするのが、「フランス国旗」だが、「三色の」組み合わせの国旗なら他にも多く見られる。例えば、19世紀初頭に、ナポレオン軍と戦った学生義勇軍の軍服(黒いマント、赤い肩章、金のボタン)に由来すると言われるドイツ国旗とか、「緑は国土、白は雪、赤は愛国」という意味をこめたイタリア国旗などだ。
 今では、カラーワーク時に、三色の組み合わせならすべて「トリコロールカラーの配色」と呼ばれているようだ。
 ところで、元祖「トリコロール」は、ブルボン王家の象徴である白と、パリ市のシンボルカラーである青と赤とを組み合わせたものとか。興味深いのは、青・白・赤の幅の比率が、実は37:33:30とされていることだ。後退色の青の比率を上げることで、各々の色が同じ幅に見えるように工夫されているのだ。
 もともと旗は、「敵味方の識別や軍隊を統率するため」のツールだったと言われるが、遠くからでも目立つ原色と無彩色との組み合わせは、ワビ・サビの効いたグレイッシュトーンの古い建造物の多いパリの街に、極めてピッタリのアクセントではないか!

        

 さすがのパリジェンヌ

PARIS, JE T'AIME

 パリを訪れる度に、街を歩き、ブランドショップをはしごしながら、少しでもムッシュやマダムやパリジェンヌのおしゃれセンスをもらおうとがんばるのだが、やはりどこかかなわない。
 ファッション誌のモデルに比肩するほどおしゃれに決めて、表通りを闊歩する日本のギャルたちに比べ、パリジェンヌは、街の風景をキャンバスに見立てたかのように、しっくりと融け込むのがうまい。地味とさえ見える個性的な装いは、きっと生まれた頃から育まれてきた感性なのだろう。確かに、にわか仕立ての真似ごとの比ではない!
 カルチェラタンのソルボンヌで文学を専攻する女子学生の生活に一日密着取材したことがあったが、感心させられたのは、彼女のアパルトマンの採光であった。
 小さな路地に面した部屋の、簡単には開きそうもない格子模様の窓から差し込む陰のある光と、中庭(パティオ)に向けて観音開きになる裏窓からの柔らかな光が、二つの部屋をつなぐ狭い廊下で握手をするような具合に交差していた。部屋にある灯りと言えば、深いランプシェードの白熱灯だけ…。
 汚れた漆喰の壁は、そのままで前衛画家が描いた水墨画のようなオリエンタルな趣があった。さすが、すべてが芸術(に見えてしまう?)のパリ!
 ソファに浅くかけた彼女は、古着屋で買ったという黒いサブリナパンツに、白いブラウスの質素な姿で、大学生活や将来の目標、趣味やファッション、恋人の話を歌うように語ってくれた。今思えば、それは『PARIS, JE T'AIME』の一話にもなりそうである。
 ところで、ホテルに帰って録画チェックをした時、その映像にふと思い浮かんだのが「陰翳礼讃」(谷崎潤一郎)だった…。

 
パリは陰翳に包まれている

 「パリの陰翳」と言えば、ノックするドアを間違えた女と、精神科医に間違えられた税理士の、揺らぐ感情を見事に描いたパトリス・ルコント監督の『親密すぎるうちあけ話』は、おそらくパリの薄暗いアパルトマンを舞台にする以外には起こりえないような映画だった。
 ストーリーの展開につれて二人の装いがデリケートに変化していく。
 男はネクタイをはずし、ボリュームを上げた曲をバックに一人で踊り始め、パリの風景に埋もれていたような女の装いは、カラフルに変わり、表情も美しく輝いてくる。
 けだし、深い陰翳があってのトリコロールカラーは、うつろう心を映しだし、目にも眩(まばゆ)い…。

〔PHOTO:DOMINANT LIMITED〕
《ファッショントークより》
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