「食」をめぐっての話題にはこと欠かないが、昔は食品アレルギーの人がどれほどいたのだろうか?
食品売り場に行けば、ありとあらゆるグルメや食材が色鮮やかに並び、未知の珍しい輸入野菜が山積みされている。
外で働く女性が増え、在宅で仕事をこなす男が急増している昨今だが、重宝なことこの上ない。
食料自給率(カロリーベース)およそ4割という現実も、「飢え」の感覚などというものも、今どきの若者たちには理解しがたいだろう。広い世界の随所には、今なお飢餓に苦しんでいる子供たちが沢山いることを思うと胸が痛む。
そんな「飽食日本」で、スローライフ志向の高まりにともなって、ここ数年来、「スローフード」が注目を浴びてきた。
イタリア北部のピエモンテ州ブラ(現在、全世界におよそ8万人の賛同者を擁するスローフード協会国際本部がある)で、1986年に始まった一つのムーヴメントだが、日本では、各地にあったコンヴィヴィウム(支部)が統括され、2004年10月、スローフード・ジャパンが誕生した。
ファーストフードやファミリーレストランが暮らしの一部として定着したとはいえ、家族や仲間と食卓を囲んで、「身体が欲しがる食べ物」を「旬の自然素材」で調理し、会話を楽しみながら食べることを、一方で誰もが欲してはいまいか?
こだわりの生地で仕立てたスーツに
「バーバリ」のトレンチコートをさりげなく合わせて
「おいしい!」が基本
ナチュラルで美味な料理を愛好してきた人は、昔からプロアマ問わず沢山いる。また、「スローフード」の実践者は、おしゃれに対しても「独自の哲学」を持っている人が多いとか。
料理作家の若林仏蘭さん(わかばやし・ふらん、33年、鎌倉市生まれ。主な著書に、『ソーセージ台所工房』『ハム・ベーコン台所工房』…雄鶏社などがある)もそんな一人である。
「おいしくなければ食べ物じゃない」というのが、長年にわたる彼の口癖だ。
ハム・ソーセージの「昔作り」にこだわり、「無添加・無着色で、おいしくヘルシーなホームメイド」の普及に努めてきた。
「スローフードは、自分と家族や地域社会、自然との関わりの中で食べ物をとらえていくということなんです」
まず自分がおいしいと感じることが何よりも大切だと言う。
「おいしい」は、料理をする人や食材の生産者たちとの関わりと信頼があって初めて言えるからだ。
かつて長野県上田市に移り住んで8年半もの間、生産者と共に創作郷土料理を開発するなど、「食」を通した街おこしを手がけたのも、そんな思いからだった。
土地の食材を使っての「料理教室」は
街おこしにつながった
(長野県上田市)
おしゃれもスローフード派
まだ小学校に入ったばかりの頃、海軍の御用商人だった父親に連れられて、仏蘭さんは横須賀の水交社(すいこうしゃ=海軍の将校クラブ)で、当時は珍しかったパン付きの食事をした。ソーセージとの出会いもそこでだったが、将校たちのスキのない装いには、子供心にも感動した。
“二十歳(はたち)の青春”を三田で過ごした慶應ボーイの彼は、当時(50年代)、一世を風靡した太陽族やカラーシャツの流行ファッションには、ほとんど関心がなかったと言う。
「流行には敏感でしたが、料理で言えば、おいしいと感じなかったのです」
神田にある遠縁の羅紗(らしゃ)問屋で買った生地を、テーラー(紳士服の仕立屋)に持ち込み背広に仕立てた。
「スキのない背広姿への憧れがあったんです。それに、身近な所にある良い素材や、巧みな技術を活かして着こなすというのが、当時は何となく愉快だった」
特別仕立ての背広で大学生活を送った後、就職したのが、石原裕次郎人気で全盛期を迎えようとしていた日活だった。
やがて、そのプロデュース能力が買われサービス関連の事業部に移り、あるホテルをまかされた。
レストランの売り上げを伸ばそうとアイデアを巡らしている時、厨房で興味をひかれたのが、肉の燻煙法(くんえんほう)。…そのルーツをたどって世界各国に足を運び研究するうちに、もともと好きだった料理にはまり、「衣」への感覚も磨かれたとか。
インタビューの日は、英国製生地でオーダーメイドしたグレーのジャケット&パンツ、インナーには、カシミヤのハイネックセーター、そして斜(はす)に被ったベレー帽と大きめのサングラスという上品でスキのないスタイリングだった。
「ファッションに関してもスローフードを通してきました」
今でも、彼のその姿勢は変わらない。
食材も生地も吟味する
「一時代前に比べて、街にすっかりテーラーが少なくなりましたね」と仏蘭さんは嘆く。
そう言われてみると、かつては、どこの商店街にも、ショーウィンドーごしに、裁ちばさみを握りメジャーを首にかけた、職人気質の仕立屋さんがいた。
ハムやソーセージ料理で、肉をとことん吟味すると同じように、洋服の素材にこだわり、裁断や縫製に納得できる物を求めると、行きつくところは、この世に一着しかない自分にとっての「おいしい服」だ!
一方、クッキングスタジオでの彼は、いつも白いシャツに、奥さま手作りの首から掛けるシンプルなサロンエプロンと帽子のいでたちである。
かつて、テレビの料理番組(仏蘭さんが多彩なゲストを招き、アイデアいっぱいのメニューを饗しながらトークする)で初めて出会ったときの印象は、大学病院の、おしゃれなドクターといった装いだった。
◇ ◇ ◇
彼は、今もっとも必要とされているのが、スローフードの原点となる「おいしい」の感動だと、「味の教育」に取り組んでいる。
「『食』の世界も『衣』の世界も、自然からの恩恵の中に成り立っています」
スローフードの先駆者のみが語れることであろう…。
〔(PHOTO:若林仏蘭提供 DOMINANT LIMITED〕
《ファッショントークより》
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