あのマドンナと一対の創作リングが輝く
東京は六本木、飯倉片町の交差点からほどない所に、『BOSTON・CAFE(ボストンカフェ)』というオールドアメリカンスタイルのパブクラブがある。
オーナーはあのホキ徳田さんで、夜ごと各界の多彩な顔ぶれで賑わい、粋な会話が飛び交うソフィスティケートされた雰囲気に、時折、妖しげなムードが迷い込んだりもする、ちょっとした大人のたまり場である。
ミュージックタイムになると、オーナーの“いぶし銀”のような弾き語りの他、国内外のアーティストがゲスト出演する。
日によっては、たまたま遊びに来たミュージシャンが興にのって歌ってくれるなどといったラッキーチャンスもある。
そんなエンターティナーたちの中に、ひと際異彩を放っている「淑女の装いをしたピアニスト」がいる。…その女(ひと)の名は、ミッシェル近藤。
彼は、先頃、オーナーが亀渕友香さん(ゴスペルシンガー)らとともに結成したヴォーカルグループ・Hollywood Giant Pandasのバックも務めている。
かつてハリウッドで『東洋のマレーネ・ディートリッヒ』と呼ばれたほどの見目麗しい淑女ぶりは、ピアニストとしての実力とあいまって、音楽ファンの間では、ユニークな存在として語られてきた。
そこで、彼のミステリアスな魅力を探るべく、勇躍、ネオンまたたく六本木へと足を向けてみた。
パターンを起こし直すリメーク
ミッシェルの着こなしのさりげなさには、いつも感心させられる。
聞けば、ステージで身につける物の大半が、「ジャン・ポール・ゴルチェ」や「ダナキャラン」、「アニエスベー」他といった海外一流ブランドだそうだ。
往年のキュートな姿形(すがたかたち)が、ある年代を境にして、丸みを帯びたふくよかなボディラインへと変化し始めた彼ではあるが、ファンの期待を裏切らないように夢と華のあるおしゃれを心がけていると言う。
例えば、ステージ衣装だが、年に何回か開催される欧米の老舗ブランドのサンプルセールに足を運び、ファッションショー用のコレクションや、デザイナーの温もりが感じられる逸品の中から一点物を買いこみ、身体に合わせて着心地良く作り直してもらっている。
「誰も着られないような、超ド派手で大きいサイズの婦人服を買って、私の体形やサイズに合わせてリフォームしてもらっているの」
彼の専属クチュリエールである伊達久子さんは、
「外国製品のパターンは、シルエットがきれいと言われていますが、日本人であるミッシェルさんの体形にそのまま合うわけではないんです。…インポート物の多くは、袖が長いし、ヒップ高の欧米人が着やすいようにと、後パンツは股上や尻ぐりがたっぷりと作られています。ですから、リフォームというよりは、彼の身体に合わせてパターンを起こし、裁ち直してから服に仕上げるというリメークをしているんです」と語る。
具体的には、ブランドの持ち味やシルエットをくずすことなく、ピアノを弾きやすいようにと、袖幅にゆとりを持たせたり、上着のスリットを深くするなどの工夫を凝らす。これらの一連の作業は、機能性を踏まえた上でのことなので、やりがいがあると同時に、ハイレベルな技術も必要とされるそうだ。
ブランド服をリメークして、スリットを入れたり、
袖幅にゆとりを持たせたステージ衣装
男のおしゃれと化粧も不滅?
芸術をこよなく愛した父と、「エリザベスアーデン(香水で有名な化粧品メーカー)」の初代モデルだった美しい母との間に生まれたミッシェルは、二歳半からピアノに向かい、十代の半ばには、すでにプロのスタジオミュージシャンとしての仕事をこなしていた。
ところで、彼が「淑女の装い道」を極めることになったきっかけだが、当時、楽屋で一緒になった女性ボーカルグループ・スリーキャッツ(59年、『黄色いサクランボ』が大ヒット)の面々がつけていた長いつけまつげに魅せられたのがそもそもの由縁とか。
彼女たちの化粧を真似てステージに立ってみると、なぜかハイテンションでピアノが弾けた。自らの気分が高揚したせいなのか、観客が化粧映えのする顔に盛り上がってくれたせいなのか、以来、その得も言われぬ体感が、今日に至るまで、彼に、「エンターティナーであるということは、こういうことだ」と思わせ続けている。
その頃のステージ衣装は、黒や白、銀をベースにした、モノトーンやメタリック調のものばかりだった。色物は似合わないと決めつけていたが、化粧をするようになってからは、「色とデザイン」の世界が広がった。
その後、三輪明宏さんとのジョイントや、「本場のソウルミュージックに浸かりたい」と渡米(78年)した経験が加味され、彼の「化粧とおしゃれ」は、さらにブラッシュアップされていく。
ロサンジェルスで、作曲、ライブ、TV出演などと活躍した後、拠点をニューヨークに移し(86年)、“Le Recital Pour Piano De Michel”(ミッシェルのピアノリサイタル)などで注目を浴びた。
また、オナシスファミリー(ギリシャの海運財閥)と専属契約をしたり、“Best Piano Player In The Town”を受賞したりという輝かしいキャリアは、彼が”淑女の装い”をする“天性のピアニスト”あることを不動のものにした。
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ラグジュアリーなインポート店のリニューアルやオープンが相次いでいる。
それらの品々は、縫製や素材うんぬんはさておいて、フォルムや感性が優れている商品が多い。骨格の作りからして違うと思える欧米人向けのパターンを、デザイナーの個性やブランドのエッセンスに惚れて着てみたい人は、今後も増えるであろう。
したがって、ミッシェルのように、自分だけの隠れデザイナーや、クチュリエ・クチュリエールを抱えたいというニーズも広がるであろう。
いずれの商品にしても、プラス・アルファの差別化がもっと切望される時代のようだ。
(PHOTO:ミッシェル近藤提供)
《ファッショントークより》
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