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     ヒンドゥー寺院の一角でネパールのお面や
               アクセサリー類を売る露店

 暖冬で迎えた新年も、大寒を迎え、地球の温暖化がどうのこうのと言われているが、さすがに冬らしく吐息は白い。
 ところで、三が日は暖かかったせいか、薄手のコートや厚手のジャケットに、大判のストールを軽快に装っている人が多かった。とりわけ「パシュミナ」や「ポンチョ」姿の女性が行く先々で目についた。
 「パシュミナ」人気は、数年前から続いているが、「カシミヤ」の原毛100%とは言わないまでも、ただ羽織るだけなら昔からあった。
 最高級の「パシュミナ」は、ネパールやチベットのヒマラヤ地方に生息するアイベックス山羊(現地では「チャングラ」と呼ぶ)の喉から腹部にかけての最も柔らかく細い冬毛(直径14~16ミクロン、長さ30~45ミリ)で手編みされたものである。
 我が国に限らず欧米でも人気だという「パシュミナ」に象徴されるのは、ここ数年来、強弱はあるものの変わらぬ支持を集めている、アジアンテイストへの傾倒が本家本元ではないだろうか?

 ネパールのサリー

 かつて、映画のシナリオハンティングに訪れたネパールの印象は、鮮烈だった。
 ヒマラヤ連峰の輝き、ヒンドゥー寺院のたたずまい、バザールの賑(にぎ)わい、子供達の黒い瞳など、今も忘れることができない。
 この取材は、その後、「ネパールを舞台に、カトマンズで幼児教育に半生を捧げた日本女性と、地元の子供達との心温まる交流」を描いた劇映画『菩提樹(ピパル)の丘』(東宝・集英社)として実を結んだ。
NEPAL  ロケ地の一つは、カトマンズから北東へおよそ30㎞、標高1700mのドリッケルにある国道沿いの、ヒマラヤ連峰が一望できる一本の大きな菩提樹のある丘であった。
 菩提樹の下にオルガンを持ち出し、子供達に主演の栗原小巻さんが、日本の童謡を歌う。子供達が、片言の日本語でそれをなぞって和す。
 極彩色のサリーを纏(まと)った彼女が「ちょっと寒いけど着心地はとてもいいわ」と微笑んでいた姿が強く印象に残っている。
 冬場のロケだったから寒かったに違いないが、ネパールの民族衣装として日常的に身につけられているサリーを、ごく自然に着こなし、現地の生活や風俗、そして大自然にまで溶け込んでオーラを放っていた栗原さんに、「さすが大女優!」とスタッフ一同が目を見張った。と同時に、ネパールの人々にも日本人にも、アジア人として同じ血が脈打っていることを改めて感じもした。

 そう言えば、ネパールで出会った人々や生活や風景に、デジャブー(既視感)のような「懐かしさ」を感じたのも確かである。NEPAL

「菩提樹の丘」のモデルになった幼稚園
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多国籍ミックスコーディネイト

 先の「パシュミナ」に限らず、服、アクセサリー、小物雑貨に至るまで、アジアンテイストのファンは多い。インターネットでも、「アジアンテイスト」関連のキーワードを検索すると、おびただしい数がヒットする。
「アジア人としてのDNAが、引き寄せるんじゃないかと思うんです」
 そう言って、このブームを分析してくれたのは、熱烈なアジアンテイストのファンである葛城奈海さん(かつらぎなみ・女優・キャスター。70年、埼玉県生まれ)だ。
 彼女は、東京大学農学部で農業経済学を専攻した多才な女(ひと)で、ピアノも弾けば竜笛(りゅうてき・雅楽で用いられる横笛)も吹き、一方で合気道3段の腕前でもある。
 先日は、柔らかな光沢を放つワインレッドのタートルネックのブラウス(ノースリーブ…「ケンゾー」)と、東洋の神秘が漂う民族調の生地(パッチワークがなされた)で作られたロングスカート(タイランド製)というカジュアルシックな装いで現れた。
 足元のパンプス(日本製)も服の色と同じにして、全身を同色系でまとめていた。石と金属とを組み合わせた、ハンドメイドのネックレス(中国製)をアクセントにした着こなしは、異素材を同系色でドミナントした、まさにアジアンテイストの多国籍ミックスコーディネイトだった。
 聞けば、ヨーロッパに行っても、彼女が買い込んでしまうのは、アジア系のファッション小物だったりするそうだ。
 
葛城奈海 ネパールのシェルパたちが愛用してきたバッグや帽子、ジャケットや、「パシュミナ」に使われるチャングラの下毛と、並の獣毛をミックスした掘り出し物を見つけた時など、小躍りしたいぐらいにうれしくなるとか。
 ところで、大学生活は、合気道と農学部の実習に明け暮れる毎日だった彼女だが、一番落ち着くのは和服を着た時だと言う。
 「合気道の道着(どうぎ)もそうですが、ちょっとくだけて浴衣(ゆかた)もいいですね。でも、本音を言えば、実習ではいたモンペ(農村女性の労働用・保温用から始まったももひきににた形の着衣)が最高なんですけど…」
 日本の田園風景に溶け込んだ味のあるデザインと、体も心も開かれて軽くなっていく感じのモンペの機能性の虜になってしまったと言う。
 また、晴れ着や紋付き袴の卒業式に、なんと一人だけ合気道姿で出席したのもユニークなエピソードである。
 農学部を選び、今の仕事につながる原点となった本が、高校時代に読んだ『バナナと日本人』(鶴見良行著…安くて甘い輸入バナナの向こうに、多国籍企業の暗躍や農園労働者の貧苦、日本と東南アジアの関係を鮮やかに浮かび上がらせている)だとか。
 アジアンテイストに惹かれるのには、筋金入りの理論的な裏付けがある。

              ◇        ◇        ◇

 近頃、和服業界の地道な努力のかいあって、ヤング層に「ゆかた」がすっかり浸透した。また、ポリエステル製の「プレタきもの」や、洋服地で作られたリーズナブルな価格の「きもの」も、和ブームに一役買っている。
 元々アジア人である日本人のアジアンテイストと言えば、「和の装い」である。
 「和服」や土の香りのする「民俗調の衣」を纏(まと)って、ホッと我に還る時を持ちたいのは、男女を問うまい。 
 もしかして、私たちのDNAも素直にそれを望んでいるのかもしれない。

《ファッショントーク・日本繊維新聞04.1.21掲載記事より》

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