戦後、と言われる時代になってから、80年が過ぎた。今現在80歳の人も、「戦争を知らない子供たち」である。
去年、夫の実家を断捨離していて、偶然見つけた、映画のパンフレット。かつて、義母が観に行った「男たちの大和」
なんでも、義母にやさしくしてくれた従兄弟が乗ったそうである。そうである、と言うのは、帰って来なかったから。なら戦死かと言うと、終戦後に、どこぞで彼を見たという人がいたから、どうなのか分からない。
そんなこともあり、去年は戦争の映画を何本か見た。靖国神社を参拝したいと思いながら、なかなか都合がつかず、やっと先日叶ったというわけだ。
参拝は、実は二回目だ。一度目はいつだったか。街に貼られていたポスターを見て、イベントをを知り、ふらりと出かけてみたのだ。出店がたくさん並んでいて、骨董市もやっていて、お祭りみたいで楽しかった。
が、中に入った途端、展示されているゼロ戦を見たとたん、胸がギュッと締め付けられた。
その後の事は、あまり覚えていない。
手を合わせた後、遊就館に入った。
軍服など、遺品が展示されているのだが、成人男性としては、なんと小さいこと。成長し始めた、中学生くらいの大きさしかないように見えた。
穴澤利夫さんの軍服が、やっと、現代の成人男性とほぼ同じくらいだった。
遺書も、多数展示されてある。
「人生二十年」
たった、二十年か。若く美しく健康で優秀な男子の多くが、「お国のために」と命を散らしていった。
「無念」
その一言以外に、何があるだろう。もっと生きて、やりがいのある仕事に就き、家庭を持ってみたかったはずだ。
国は、もう二度と、こんな手紙を書かせてはいけない。
外国人も、多く参拝していた。かつて「敵国」だった彼らは、ここにきて、何を思うのだろう。
今の日本があるのは、彼らのおかげ。
今の日本を見て、英霊たちは、何を思うだろう。
命をささげた甲斐があったと思うか、それとも、残念に思うか。
私には、大きなことは、何もできない。
ただ、自分だけは、幸せに生きること。目の前にいる人と、幸せを分かち合いながら生きること。
そうすれば、少なくとも不幸な人間は一人は減る。
与えられた命を全うする。
大きなことは、何もできなくても。
あなたの明日が、笑顔でありますように。
それでは、又。


