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「ところで、あれだねぇ」
と、マヤさんが言ってきました。
「Yさんに橋渡しをしてもらった人たちと話をしていて思ったんだけど。人って案外、普段ここのところを忘れがちなんだなぁ、と思ってさ」
おお、これは大切なポイントの予感が!
それはどこでしょう?
「魂の体感において生きているということは、自分で充足してるってことなんだけど」
そうですね。
魂の体感で生きるという在り方は、自分自身が自分自身で魂から満ち足りている状態なので、ここに自分以外の要素はありません。
これは、Yも、マヤさんのワークセミナーで体感してわかったことです。体感して意味がわかりました。
自分自身を自分自身で、心の底から、腹の底から満足させてやれるのも、自分の魂の力。自分の魂と一つで在るから感じられる、自分の奥底からの満足感なんです。
「これが肝心要の基本中の基本なんだけど。
案外ここを忘れがちなんだなぁ、と思ってさ。
ここを軽んじて慢心したまま、魂の体感においてできることのほうに気を取られている人が多いんだよね。
魂の体感において生きているかどうかのバロメーターをチェックするのを忘れたまま、飛び出してっちゃってる。タンクの酸素量を確認しないようなものだよね」
「肝心要の基本中の基本をすっ飛ばしていると、そのうち、だんだん魂の体感が希薄になってきて、魂からの喜びや幸せといった感覚が感じられなくなってきて、自分の魂がどんなものだったのか忘れちゃう」
「でも、魂の体感において生きることとは別の場所で自分の幸せを見つけたなら、魂の体感はきっぱり忘れたほうがいい」
「で、このまま魂の体感を忘れていくと自分が生きていることにならなくなるからいやだ、という感覚がある人が、自分の魂と繋がり直すと、自分で気がつくんだよね。
自分が置き去りにしてしまっていた自分の魂は、自分からの愛だけを求めていたんだ、ということに。
ほかの誰がどんなに愛してくれようと、どんなに何をしてくれようと、それじゃないっ!と言ってけっして満足しない。自分以外の何であっても、埋めることができない。
自分からだけの愛を、求めていた。
その魂の気持ちがわかると、魂と一つになれて。魂と一つなんだから、もう離れようがなくて。自分がずっと探しあぐねていたものはこれだったのかと、気づく。
ここからやっと、初めて、生き直していく。
魂と一つで。魂の体感で。
魂の体感で生きるということはこういうことなのかと、自分だけにわかる感覚でわかる。だからこそ、疑いなくわかる。
そして、この魂は、個であると同時に全体と一つだから」
魂の体感で生きる在り方、つまり『古の叡智』にある全ては一つの在り方の仕組みが働いたり、マヤさんのワークにあるように、魂の体感において生きているとできることが、自ずとできるようになる、というわけなんですね。
「ここの肝心要の基本中の基本がないと、魂の体感においてできるようになるという順序を間違えるから、物事が望んだ感じになっていかないし、自分の奥底からの充足感で満たされていないから、他者から貪り取って空虚を埋めようとし始める。
それは魂ではなくてエゴのすることだから、だんだん自分の中がエゴに取って代わられて、ますます魂の感覚がなくなっていく。
エゴは永久に満足しないから、ちょっとやっかい(笑)」
「で、こんな自分自身がやっかいだ、こんな自分自身が自分で苦しい、どうして自分はこんななんだろう、という感覚になった時だけ、もしかしたら自分の魂からの声が聞こえてくるかもしれないね」
そんなことを言いながらも、マヤさんの口調は、なんだか楽しげでした。
その人が自分の魂と一つになった時に何が起こるかを知っているから、なのかもです。
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はなクリエイト* は、マヤさんへ個人相談の橋渡しをしています。
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橋渡しは、はなクリエイト* が過去に開催していた「魂にふれるワークセミナー」に参加された方で、魂の体感において生きている方のみを対象としております。
学びを深めたい方、学びを進めたい方はもちろんのこと、マヤさんからアドバイスがほしい方などに橋渡しをしております。
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