運命を引き受ける Man of the earth 3 | 野良翻訳家・HanaBananaの Enjoy Life!

お父さんが亡くなった後、妹達は結局、日本を離れ

香港に帰る事になりました。

詳しい事情は私には伏せられていますが、

本当のお母さんや、ジョージパパのお兄さんからの

呼び戻しもあったようです。



今回、来日した妹は、香港でカレッジを卒業し、

大手ホテルでセールスを何年間かした後、

今勤めている、日本の金融で働いています。



もう一人の妹も、世界的なレジャー施設でのプロジェクト、

日系建設会社で、語学を買われて働いています。



今回、来日した妹は、息子と娘のお母さんでもあり、

そんな妹に母が言ったことは、



「子供には、たくさんの教育をつけてあげなさい。

それが必ず役に立って、その子を助けるから。」



ということでした。


妹と私、お互いに子供を持つ母になって、

今、母の言ってる言葉にどれだけの重みがあるか

感じることが出来るようになりました。



ジョージパパのお父様、お母様は、特別な教育を受けて

いたから、弾圧されることになりましたが、

それでも子供達に特別な教育を施すことに

手を抜かなかった。

それが、ジョージパパ、ジョージパパのお兄さんを

成功に導いたと思います。

ジョージパパのお兄さんは、息子はイギリスの大学に、

娘はアメリカの大学、海外に不動産を持ち、ちょっとした成功ではなく、

大成功を収めました。


ジョージパパも、特別な教育を受けてきたからこそ、

香港でもお兄さんと会社を成功に導くことができたし、

日本語が堪能だったからこそ、

日本にきても職を得ることができました。


母も特別な教育を受けてきたからこそ、

それをベースに商売をすることができました。


何よりも、国の情勢という大きな流れに飲み込まれず、

自分の手足で自分の世界を築くことが出来た、

周りに流されず、強い意志を持って生きることが

出来ました。



2 men of the earth、の記事で私が言いたかったこと、

それはいかに国籍というものが、移ろいやすいものであるか、ということです。



「私達は○○人である」前に、我々は地球に生れ落ちた人間であること、

それが基本だという思いにいたる経験をしてきた人々がいる、ということです。



人としてどうあるべきか、それは本来は時代に流されない道理というものが

あるはずなのです。



やれ領土を侵犯した、だからあの国のやり方はどうのだの、

特定の国を敵視し、ただただその国民全体を断罪・冒涜すると同時に、

いかに自国の民が正しいかを誇張する人は、多く見かけます。

そういう、いわゆるヘイト・スピーチは、ブログでもよくありますよね。

しかしながら、そういうヘイト・スピーチを堂々と媒体に出してしまう人は、

自分の向こう三軒両隣のみが世界で、自分が見知ってきたもののみが

世界だと思い込んでいる、恐ろしく世間が狭く、低俗で、教養が低い

愚かな人間だとしか思っていません、ワタクシは。

そういうクチをたたける平和と、テメエが井の中の蛙程度の存在だと

自覚したほうがいいんじゃなかろうかと思います。


でもまぁ、そういうヘイト・スピーチをしている「終わってる」人たちは、

どうでもいいワケで、「はいはい、エライエライ、あんたが一番」って

ほうっておきゃいいんですけどね。



世間で頑張っていきたい、役立つのを

望まれている、そして望んでいる人は、

是が非でも、狭い了見に足元を縛られず、生きてほしい。




世の中には、国という流れに、運命を翻弄され、

思ったことすら言えない、夢を抱けない人が

たくさんいたのです。今だっているでしょう。

でも、自分の運命を切り開いていった人も存在したのです。



妹が住む香港は、中国に返還されました。

メインランドから観光や就職に来る人がじょじょに増えていってるそうです。

当然、摩擦や衝突は個人間でもあり、また社会的にもあります。

共産主義的な法的変更は、大きなデモンストレーションを起すそうです。

実際に、デモが功を奏して、適用されなかった法律もあるそうです。



国籍を変えることは容易ではないけれど、しかしながら、

妹は、自分の運命を引き受け、出来うる限りの能力を使って

子供と自活しています。
強く明るく逞しく、自分の人生を謳歌しています。



この人も、お父さんと同様、運命を引き受け、切り開いていってるのです。




今回、妹がうちに泊まりたいと言ってくれて、

私はとてもドキドキしていました。

なぜなら、母がいかに妹達を厳しく育てていたか

知っていたからです。

母は母なりに、子供のためを思って厳しくしていたのを

実の娘としては、よくよくわかっていましたが、

血の繋がらない妹達は、そう受け止めていなかったかもしれない、

そんな不安がありました。

だから、もしもうちに泊まって、何らかの感情的な

行き違いや、すれ違いがあったら、と、

歳を重ねた母にそれを感じさせること、

うちをわざわざ訪ねてきてくれた妹に嫌な思いをさせること、

これは何としても防ぎたい、そのことばかり

考えていました。



でも、全部、取り越し苦労に終りました。



妹は、不思議とうちに馴染み、食事の後、

お皿をさげたり、洗い物をしたり、お布団を敷いたり

お風呂に入ったり、そういうちょっとした仕草が、

うちにいた時とそのまんま。

母ともよく話し、日本語がいかに役立ったか、

子育てのこと、本当にたくさんのことをお喋りし、

翌日は私と2人で表参道にオデカケし、街を練り歩き、

一日一緒にいました。

私にとっては、やはり世界の中で妹と呼べるのは

彼女達なんだよなぁと実感しました。



今日、妹は仕事を終えて、香港に飛び立ちます。



母に「成長したね」と言ったら、




「何も言うことはない。あの子は私の自慢の娘。」



と、母は、笑いながら、満足そうにうなずくのでした。


2010年9月23日に書いた記事:

2 men of the earth: http://ameblo.jp/hannabanana/entry-10656850191.html