泉寺警察署騒動記 Chapter1-2 | 埴輪落書き帳

埴輪落書き帳

くだらないことを考えるため、日々の出来事、謎の駄文を書くためのチラシ裏。
要するにくだらないことしか書かない、というわけです。
※あからさまな商業的宣伝アカウントさんのコメントは返信しませんが、ありがたく受け取っております。

前略

ども。みかん食ってたら爪が黄色くなった埴輪です。

二話。まあまあ、まだまだ続きますよ。

ではスタート。


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-叢 宗雄-


 「あ、宗雄サン。そういえば俺、痔になりかけなんですよね。いい薬とか知りませんか?」
「ちーさん……さっきの綺麗な自分発言はどうした。早速下世話な話しやがって」
「え。でも宗雄サン下世話な話と他人の不幸話が大好物じゃないっすか」
「お前はオレをどんなキャラに仕立て上げたいんだ!?でも全否定できねぇあたりが自分でも辛いわ!」
 真面目に働き始めたかと思いきや、いきなりとんでもない話ぶっこんできやがって……。内心毒づきながら、オレはデスクに散らばった薬物入手ルート関連のファイルを端に固める。
 「まあまあ、そうカッカせずに。四十年ちょい生きてたら痔になったこともあるでしょ。つーかむしろこれから痔オンパレードって歳じゃないっすか。いい薬知りませんかねー?」
なおも話続ける千歳に若干の苛立ちを覚え、眉間に力が入る。いや待て、ここで感情を表に出したらまた奴の思う壺。ここは適当にあしらっておこう。
 「適当にオロナインでも塗っとけや。つか、んなモンよりオレは馬鹿によく効く薬が欲しいわ」
「自分で使う用っすか?馬鹿は死なないと治らないらしいんで無駄だと思いますけどねー」
「じゃあ死ね」
「あ、俺に使う用か」
「そうだっつの。わかったらせいぜい馬鹿に見えないように働いとけ。痔の薬よりクスリの入手ルートを探せっつの」
「あー、うまいこと言ってドヤ顔しやがってー」
 千歳が目の前でぶつくさ文句を言いながらせっせと(見せかけだけ)働き始めるのを視界の隅に置きつつ、壁にかかっている日めくりカレンダーに目をやる。ここのところ忙しくて、働き詰めだったせいであまり意識していなかったが、もう四月なのか。
 泉寺署があるこの泉寺市は、最近になってようやく「雪が解けきりそうかな?」という話が世間話のレパートリーに追加される程、雪が多く降る地域だ。オレ自身、泉寺にやってきたのは十年ほど前だが、すでに脳内には「四月=雪解けラストスパート」という地域的な常識のようなものが刷り込まれていた。
 「てことは、お前と働き始めてもう一年か……」
ぼやくように言ったせいか、目の前にいる小生意気な後輩には聞こえなかったようだった。四月の泉寺の風景はオレに、一年前、こいつに「再会」したときのことを思い起こさせた。
 「あーあ、まったく」
たった一年前のことでも懐かしく思ってしまう。オレもジジイになったものだ。

 ちょうど一年ほど前。オレはこの泉寺署で百目鬼 千歳と「再会」した。
 
 時は遡って去年の四月に入ったばかりのころ。オレが新たな班の班長となること、そして新しく配属される予定の新人がオレの部下になることを課長から聞かされたのであった。
 「ああ。お前はウチの署ではかなりベテランな部類だからな。むしろ、今まで班のひとつも持ったことが無いのが不思議なくらいだ」
課長から評価されるのは素直にうれしい。班長になることも不安はあるが、乗り越えられる程度の不安だ。しかし。
 「若手のエリート、ですか……」
 平々凡々という言葉がよく当てはまり、右肩上がりではあるもののエリート街道とは平行な直線の生き方、一生交わらないような生き方をしていたオレにとって、「若手」だの「エリート」だの、そういう言葉はあまりにも眩しすぎたのだ。
 おまけに、最近の仕事に停滞感があったオレは、まだ会ったこともない眩しい存在に原因を説明できないような恐れを抱いていた。
 「ああ。二十三歳、驚きの速さで刑事になりやがった化け物だ。学歴じゃなくて実力で買われたようだがな」
課長は笑いながら言っていたが、オレは話を聞いて余計不安をあおられた。そんな奴を相手にオレが何をできるのだろうか。十中八九、オレがそいつに追い抜かれる。そうに決まっている。
 湧き出し、沸き立つような不安はオレの視界をグニャグニャと歪めた。こいつはいけないと思い、オレは「失礼します」といって退室した。
 歪んだ視界に映りこんだ「眩しい存在」という妄想がこちらに向かって意地の悪そうな笑みを向けているような気がした。それが自分のくだらない妄想だとは理解していたが、堪らず、すぐに吐いてしまった。
 それから署長訓授で新人の配属が発表されるまでの一週間、ほとんど眠ることができなかった。
 「おい、宗雄。ひでぇ顔だぜ?」
ついにきてしまった新人配属の日。同僚にオレの顔について何か言われた気もしたが、大丈夫だ、とか、疲れてるだけだとか言って適当にあしらった。
 これまでの一週間、訳のわからない不安感は何をしても膨らみ続け、寝られず、柄にも無く涙を流したこともあった。
 結局、気持ちの整理もつけられないままこの日を迎えてしまったな、と思いながら重い身体を引きずって会議室へ向かう。
 「えー、まあ。長ったらしい話はこの辺にしてさっさと新人達の挨拶を始めましょっか」
署長はいつになく機嫌のよさそうな声色で言う。ああ、ついに来てしまった。心臓がバクバクと破裂でもするんじゃないかと思うほど脈動する。
 オレがそうやって正面を向けないでいるのになんて気にも留めず、新人達のハキハキとした自己紹介は始まる。
 「どうも、百目鬼 千歳、二十三歳です。あ、『百』個『目』がある『鬼』で『どうめき』って読みます」
その声が聞こえた瞬間、あれほど激しかった心臓の動きが止まった気がした。反射的に顔を上げると、そこにはオレのくだらない妄想の中の眩しい存在が向けていたものとはまた違う、不敵な意地の悪そうな笑みをこちらに向ける細身の男がいた。
 「百目鬼」なんて苗字、そうあるものでもないだろう。苗字だけじゃない、年齢も、風貌も、オレの知人の「百目鬼」という名前の奴と同じだ。間違いなくあいつはあの――

 ――思えば千歳との因縁は奴がまだ中学生だったころからだっただろうか。まあ、随分と長い間錆びない腐れ縁だこと。
 これ以上回想を続けていたら、その一年前よりもっと前の因縁までぼこぼこ湧き出てきそうなので、オレは息を吐いて思考を止めた。
 「あ、そろそろ九時っすね。いきましょ、宗雄サン」
あくびをしながら立ち上がる千歳。「いきましょ」とか言っていた割にはこちらのペースにあわせる気なんてさらさら無いようで、一人で勝手にオフィスを出ていった。やれやれと思いつつもオレは奔放な後輩の後を追った。
 署長訓授が始まる五分前に会議室に到着した。社会人としてはどうなのだろうかとは思うが、間に合ったので良しとする。自分を許すのも大切なことだ、きっと。
 「社会人としては十分前行動くらいがベストだって言ってたじゃないっすかー」と不満をもらす千歳を適当にあしらっているうちに五分はあっという間に過ぎ、一年前に比べてさらに薄毛になった泉寺署の署長が会議室のホワイトボードの前に登壇した。
 「えー、皆の衆おはよう。今日も人員の半数弱が少年グループ関連の調査に当たると思うが、この前発生した不審火についても頼むぞー。まあ、現場で動いている奴が一番捜査を理解しているとは思うが、何か困ったことがあったら構わず言ってくれ」
 署長はその後、適当な話をペラペラと二、三分話して降壇して、いよいよお待ちかねの新人挨拶となる。隣の千歳は「可愛い娘いるかなー、いい舎弟になりそうな奴いるかなー」と思わずぶん殴りたくなるようなことを呟いていた。
 「いってえ、何するんすか!」
「おっと、済まねぇ」
思わずぶん殴りたくなる、ではなく思わずぶん殴っていた、だった。身体が無意識のうちに動いてオレの拳が千歳の後頭部を殴打していた。
 後頭部を擦りながら千歳は前を向く――すると、さっと彼の顔が青くなった。何があったかと思いオレも前を向いてみたが、新しく配属される者達が登壇しているだけだった。ゲジゲジがいるだとかそういうことでもないようだ。
 「どうした、なんか標的になる娘でも見つけたか?」
あきれながら問うと「い、いえ……」と気の無い返事が返ってきた。全く、何が何なんだか。


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はい。まあまあ。多重視点で書いていきます。

というかしょっぱなから痔の話とかぶっこんでスイマセン。

あと、ちょいと説明をすると、宗雄サンは平凡な自分のことに

激しい劣等感を持っている……とか、千歳との(どうでもいい)因縁は

おいおい話の中で拾っていくので。ノータッチで。

というとこで今回はここまで。

草々