起き上がれるようになって気づいたこと。
痰がからまっていて辛い。
唇が荒れてガサガサ。
左肩が痛い。
12時、昼食が運ばれてきました。
ベッドの上半身に角度をつけた状態で、食べることにしました。
お粥を半分くらい、おかずを3割くらい食べました。
流動食かと思いきや、鳥のハンバーグは表面が噛み応えがあり、カボチャサラダも粒が残った状態のものでした。
食べると胃に激痛が、というブログをいくつか読んでいたのですが、私の場合はすぐお腹がいっぱいになってしまうだけで、食べることに問題はありませんでした。
痛み止めの点滴が外れたため、ここからはロキソニンの錠剤を飲んでました。
あと、ロキソニンによって胃が荒れるのを防止する薬と、便秘にならないよう出しやすくする薬の3種類。
昼食を下げに来てくれた看護婦さんに、痰のことを相談するも、酸素のチューブを入れていたので仕方がないんです、とだけ‥
お腹の傷に響かないよう、乾いた咳をして、少しずつ自力で吐き出しました。
午後、両親がお見舞いにきてくれました。
父は病室に入るなり、暑い!とエアコンの温度を下げ始めました。
病人の私の適温なのに‥と呆然としていると、母が窘めてくれたため、すぐに元に戻されましたが。
水のペットボトルを5本頼んでいたのですが、とりあえず家にあった3本を持ってきた、2本は売店で買ってくる、とすぐに出て行く母。
その間、父はテレビをつけ、ドラマ相棒の再放送を見出しました。
‥おそらく、ある程度の時間、一緒に過ごしてくれようとしていたのでしょうが、ちょっと前に起き上がれるようになったばかりの私にはテレビの音も辛いものでした。
母が売店から戻ってきて、手術後、担当医の話では、3日後に退院できると思うと言われた、という話を聞きました。
また、手術中は1リットルの出血があったので、自己血800ミリリットルは使い切り、それ以上輸血はしなかったとのこと。
400ミリの採血をしても平気だったんだから、200ミリ出血が多くても問題ないだろう、自己血も無駄にならなくてよかった、と思いました。
そして、両親の滞在時間10分くらいで、まだ起き上がれるようになったばかりだから、一人で静養する、と告げて帰ってもらいました。
遠くから来てもらっていたらそんなことも言いにくいですが、自宅から徒歩20分、車で10分もかからない距離だったので、遠慮なく。
その後、麻酔科の医師がやって来て、手術後気持ち悪くならなかったことを伝えると嬉しそうでした。
ここの病院の麻酔科では、全身麻酔後一般的に3割が吐き気等を感じるところ、非喫煙者の若い女性(といっても60歳以下)の場合は5割以上と高い確率でそうなるのを抑制するために、吸入麻酔を使用せず、積極的に制嘔剤を投与して、吐き気を感じる人を3割未満に抑えているのだそう。(←入院前に受けた説明より)
腹腔鏡手術は二酸化炭素ガスでお腹を膨らませるため、肩こりが出ることが多い説明を受けていたことも思い出し、左肩が痛いんです、と伝えると、看護婦さんにホットパックを持って来てもらうよう伝えてくれました。
ホットパックとは、タオル地のケースの中に、溶けた保冷剤のようなものが入っているものでした。
それを左肩に当てて温めると、確かに痛みがマシに!
ぬるくなったら、談話室にあるレンジで20秒くらい温めると復活する、と聞き、今日は部屋から出ないかもと思っていた私でしたが、談話室まで何度も往復しました。
この頃には、生まれたての仔馬から、ゾンビ歩きへと昇格。
お腹に力を入れることが怖くて、元々猫背なのが、もっと角度のついた猫背に。
17時半頃、父からスマホに電話がかかってきました。
今、病室から見える道に犬と散歩に来たと言うのです。
窓の外を見てみると、確かに父と犬が。
スマホ越しに犬の名前を呼んでみましたが、犬は私には気づいてくれなかったようです。
でも、入院中父がしてくれたことの中で一番嬉しかったことでした。
18時からの夕食は10分粥。
ただ、食後は満腹感から30分くらい横にならないと動けません。
横になってマシになった後、食器も自分でナースステーション前のワゴンに運べて、順調に回復してきている、と一人喜びを噛み締めました。
食器を下げた後はテレビも見られるようになりました。
なお、お小水の管が外れて以来、毎回トイレで尿の量を測るようプラスチックのカップが渡されてました。
最初のうちは、管をつけていた時みたいに尿意が感じられなくて粗相をしては困る!と1時間おきくらいにいっては少量する、を繰り返していましたが、夜にはなんとか看護婦さんに聞いた平均的な量が出るまでになりました。
21時に就寝しましたが、1時間〜1時間半毎に目覚めてはトイレに行ってました。
深く眠るのにも体力が必要なようでした。

