御陵衛士の残党が新選組の局長『近藤勇』を
狙撃したと言われている場所(京阪墨染駅下車西入る)です。
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『近藤勇』が襲われた場所は丹波橋周辺の
伏見街道など諸説あります!
ですが、現在もっとも有力とされてるのが「墨染交差点」と
「清和荘」という料亭前です!
「清和荘」は僕の高校時代の同窓生の実家で
彼は後を継いでいます!
KBS京都のアルバイトを紹介してもらったりしていました…
覚えてへんやろなぁー😢
今どきなかなか居ない好青年!?
いや、おっさん!?≧(´▽`)≦アハハハ
『近藤勇』は旧幕府の軍議に出席し
「伏見奉行所」へ帰る途中で肩を狙撃されました。
また、本町通り南端と24号線の交わるカーブも
NHK大河ドラマ「三谷幸喜」の「新撰組」で
『近藤勇』が狙撃された場所として紹介されていました...
カーブ故に馬の速度が緩まるので狙いやすいと
そこの小屋で待ち伏せていたという事です。
結果、命中するが致命傷には至らずに逃げきりました!
しかし、熱を出して寝込んでしまい
後の戊辰戦争(鳥羽・伏見の戦い)での
『土方歳三』副局長の活躍を思うと
暗殺は成功したと言えなくもないでしょうか...
『土方歳三』の
副長助勤『 尾形 俊太郎』は肥後の国熊本藩生まれ。
諸士取調兼監察及び文学師範。
姓は緒方、小形とも。
本姓は三嶋であり尾形姓は『新撰組』入隊に際して
先祖に当たる武将の姓から名乗ったとされています。
『新撰組』の中では『永倉新八』と同年齢!
新選組入隊は文久3年(1863年)
5月25日(僕の誕生日)以降とされる。


