あたりまえのことだけど | shanのブログ

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ひとそれぞれ、考えがちがっている。
大切にしたいものや、大切にしたいことは違ってくるもんだ。
それは、わかっているのだがー。

心の中のテリトリーは、それぞれ。
その広さ、大きさ?
それぞれ。

話しがあわないなあ、と思うのは。
そのテリトリーが、自分のことその家族のことがほとんどを
占めてしまっている人。

若いころは、気にならなかったけど。
それだけで、おもしろいのだろうか。

以前からの友人で、最近とんと交流ない人。
たまに合っても、自分の息子たちのは話ばかり。
28歳と24歳のの息子たちを、○○ちゃんと呼ぶ。

やめたほうがいいよ!と言いたいのを、こらえて聞く。
彼女にとって、
よいところに就職した息子たちは、自慢の息子たち。
生きがいなんだろうね。
彼女の中の息子たちは、
頭なで、抱きしめていた幼いころの息子たちのまま。

心の中では、成長していないのだ。

私も子どもたちは可愛いけど、
されど30近い彼らは、いいおっさんになってしまったなあと
つい思ってしまっているし。

もう、貧しいながらも(余計だけど)
自分で生活しているから、
もう手を離れてしまっている。
一人のいいおとなになってしまって。

親子関係で思うこと。
なかのよい友人たちとは、
逆に子どもの話以外で、話が盛り上がる。
みんな、親子関係の線引きができている人ばかり。


最近は19歳の賢いはずの女子大生の殺人事件が。
その前は女子高校生が友人を殺した事件が。

人を殺してみたい、という
理解しがたい欲求で、行動にうつしてしまった彼女たち。

生と死というテーマは、永久の人間の課題ではあるが。
彼女たちの考え方は、なぜ生の喜びに結びつかなかったのか。
とらわれてしまった狭い考え方しかできない、
そして負の方向しか考えられない、
その原因は、成育歴、環境、教育などとと考えられるけど。

心の豊かさがあれば、そのような方向に向かなかったのではないか。
もしかして人もただの物体としか、とらえていなかったのでは。

こどもたちには、心の土壌を耕して豊かにしてほしい。
それは、もちろんお金でも学歴でもないはず。
感動する心、寄り添える心、思いやれる心、素直になれる心。
それは、おとなが環境を整えてはじめて生まれてくること。
衣食住を満たすだけでなく、
やさしく寄り添い、ことばをかけていって
愛してあげてほしい。育ててあげてほしい。

愛されている子どもは、可愛い~。
そばにいて、ほんとわかるものだ。