裏方の話

裏方の話

音楽イベントのプロデュース、プランニング、アーティストのライブ活動の協力を中心にフリーランスで活動しております。音楽に関わる実務者の視点として、様々な角度から考察してみたいと思います。これらが音楽活動に何かしらの考えるきっかけとなれば幸いです。

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https://www.sunmark.co.jp/detail.php?csid=3168-3

 

・欠点は長所の裏返してある事が多くて、欠点を是正してしまうと長所まで消えてしまう事が

   ある。欠点を直したから長所が前面に出てくるかというとそうでもない。

・変わらずあるためには変わり続かなければならない。

・新しさに鋭敏でないと最前線では競えない。

 

こういった本はリアルで好きです。

このような記事を公開してくれるのは、"音"を"音楽"を生業にしている、

僕にとってとても勇気付けられるも。

 

生意気言うようですが、ソニーの丸山先生が僕の日々思ってる事、

日頃、MTGで話ている事を代弁してくれました。

http://toyokeizai.net/articles/-/204387

 

2017年、韓国のHipHopアーティストと仕事をして、日本の音楽業界やばいな...と危機感を感じ、足を使って色々と情報を集めて来ましたが、もう既に抜かれてる。

 

音楽に限らずこの他の分野でも同じ事が言えるのかもしれないけど、

この記事はどうか音楽に関わる全ての人に読んでもらいたい。

 

夜間無人でキャッシュレスな“新しいアパレルショップ” 2月オープンの「ホテル コエ トウキョウ」に導入

https://www.wwdjapan.com/532003

 

とうとうアパレルもレストランもキャッシュレスが始まります。

特にアパレルなんかは、店員に話しかけられるのが苦手な人もいるので、ヒットする可能性大なんじゃないでしょうか。少なくとも私は大歓迎です。自分で試着して勝手に自分で決めます。

既にユニクロで無人レジを体験して来ましたが、とてもスムーズでした。

ただ、CAが慣れてこないと、まだまだ店員がレジをやっていた方が断然早いですね。

 

音楽現場においても、電子チケットサービスが導入されてから、もう5,6年は経つのかな。

 

まだまだ紙チケットでの購入が多いですが、電子チケットのシェアが増えてきているのも確かで、ターゲットによっては、6,7割が電子チケットというデータも確認出来ました。

思い出として紙で残したいというCAのニーズもあるので、紙の手配もしているけど、

個人的には、ターゲットによっては全て電子チケットにしていこうと思ってます。

紙の場合、運営側もCAも微妙な手数料を取られているのも事実ですし。

 

もっとストレスフリーで、入場出来ると思います。

 

ただ、ライブの規模によっては、ドリンク代別途徴収というルール (いつから始まっているか分からないが、日本の独特な風潮。国内外のクラブ、外人はこんな事しなくても勝手に飲んでくれますから必要ないんですけどね。店側の経験もあるのでそこは概ね理解出来る。ただ、本来は無しで行きたい。)もあるので、結局エントランスで立ち往生しなければならないのですが。

 

~今こそ番組論の深掘りが不可欠~(鈴木祐司)  https://news.yahoo.co.jp/byline/suzukiyuji/20180107-00080210/

 

良記事でした。特に文末の鈴木さんの意見に同意。

 

“一体感なき時代”の強力な求心力を、今の『紅白』はまだ見つけ出せていない"

 

これは紅白、音楽だけでなく、人の流れ、動き、生活そのものの転換期を

迎えているという事なんじゃないかな。

 

ちなみに僕の年越しは渋谷のスクランブル交差点付近でした。

去年も体感してきたけど明らかに外人が増えていて、外国にいるような雰囲気。

アジア系が最も多かったけどね。

 

今日は音楽と全く無縁の話題ですが...

 

星野監督がお亡くなりになった。

 

 

 

70歳。

 

 

 

早すぎる。

 

 

 

これはさすがにショックだった。

 

中日ドラゴンズの監督として、名古屋球場で旗を振っていた頃をよく覚えている。

阪神でもなく楽天でもなく、中日時代の記憶が鮮明なのだ。

 

私は小学校から10数年野球をやっていた。

 

特に小学校で入っていた少年野球の監督は、"鬼"だった。

土日祝の休みは野球。平日は仲間と週2位で自主練。

散々な内容で試合に負けたから、隣町から徒歩で帰ってその後練習。

20kmはあったと思う。

サインミス、送りバント失敗、エラーをした途端、ベンチから怒号が飛び、公開処刑。

 

それでも当時は辞めるやつがいなかったし、皆それなりにうまかった。

 

鬼監督の元、6年生の最後の年。

 

町内の選抜チームにレギュラーの大半が選ばれて

埼玉県内準優勝。クラブチームとしては同県内で優勝もした。

仲間は県内外の強豪校へ行って、中には甲子園に行ったやつもいる。

私は県内で精々ベスト16の高校だったが。

 

今思えば小学生の頃、テレビ越しで見ていた星野監督と、クラブチームの鬼監督が

恐らくダブっていたんだろうと思う。自分の事のように。

 

だからどの監督よりも鮮明なのである。

王さん、長嶋さん、野村さん、森さんよりも。

 

星野監督のあの熱さと形相は忘れられない。

 

決して私の"ヒーロー"ではなかったけど、記憶に残る人物であり名将であった。

 

会社に勤め、部下を持つようになった頃に、星野監督の本を読んでマネジメントを学んだ事もある。

 

 

 

何だろう。

 

 

 

 

凄く凄く残念だ。

 

 

 

 

 

星野監督、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

心よりご冥福をお祈りします。