川面(かわづら)に春の光はまぶしく溢れ
そよ風が吹けば光たちの鬼ごっこ
葦の葉のささやき
行行子(よしきり)は鳴く
行行子の舌にも春のひかり
土提(どてい)の下のうまごやしの原に
自分の顔は両掌(りょうて)のなかに
ふりそそぐ春の光に
却って(かえって)物憂く(ものうく)眺めてゐた
少女たちはうまごやしの花を摘んでは
巧みな手さばきで花環(はなわ)をつくる
それをなはにして縄跳びをする
花環が圓を描くとそのなかに
富士がはひる
その度に富士は近づきとほくに座る
葦の葉のささやき
行行子(よしきり)は鳴く
行行子の舌にも春のひかり
土提(どてい)の下のうまごやしの原に
自分の顔は両掌(りょうて)のなかに
ふりそそぐ春の光に
却って(かえって)物憂く(ものうく)眺めてゐた
少女たちはうまごやしの花を摘んでは
巧みな手さばきで花環(はなわ)をつくる
それをなはにして縄跳びをする
花環が圓を描くとそのなかに
富士がはひる
その度に富士は近づきとほくに座る
耳には行行子
頬にはひかりなかに
富士がはひる
その度に富士は近づきとほくに座る
富士がはひる
その度に富士は近づきとほくに座る
耳には行行子
頬にはひかり
頬にはひかり
(草野心平 富士山作品第肆)
夕方に家から外に出てふらふらと散歩 家の周りには自然が溢れている 家の前のなだらかな下り坂を100mあまり下るとちょっとした池があって、葦が手付かずに広がっている あっ!今年もヨシキリがやってきて囀っている ギョギョギョというヨシキリの鳴き声を聞くたびにこの草野心平の詩が多田武彦のメロディと共に心に浮かぶ そして、心は遠くの風景を見つめ、そっと涙が浮かぶ
だれでもよい時もあればつらい時もある うれしさをだれかに伝えたい時もあれば、なんともならない悲しみや悩みをだれかに聞いてほしいこともある でも、ほんとうに1番言いたことなどそう他人に伝えられるものではない
ヨシキリが鳴いている だれも聞いていなにのかもしれないこんな葦原で昼下がりに鳴いている 美しくもない囀りで、でも懸命に鳴いている
もう15年ほど前のことだが、このヨシキリのさえずりに救われたことがあった ヨシキリの鳴き声に一人きりで号泣している自分がいた この草野心平の詩、多田武彦のメロディが身体中で震えていた
音楽とはこれほどすごいものなのかとそのあと実感した その後も何度も何度も音楽に、そして、詩人たちのことばに励まされてきたように思う
