今年も山里の家にある竹林にタケノコを掘りに出かけ、山の幸をいただいた。わがまちは山間の盆地で、四方を山々に囲まれていて、自然が非常に近い。山里の家は山々の懐に抱かれていて、まさに里山である。いや、里山だった。里山というのは人里に隣接する山のことで、雑木林がある。一番低いところに川があり、その川に近いところに水田、そしてその上に畑や人家、そしてその上に畑、そして、雑木林というのが定番の里山の風景だ。川が遠いところには人家よりかなり高いところにため池などがある。人々は田んぼを作り、畑を耕し、背後にある雑木林に入って山の恵みもいただくのである。竹林というのはとても人家に近いところにあるのだが、雑木林に入って秋にはキノコを採ったりもする。また、山に入って低木や雑木の枝などでしばをつくったり、薪や炭をつくって燃料としていたのである。よく、里山の景観の素晴らしさがよく言われるが、人の手が入ってこその里山の風景が保たれているのだ。

 しかし、この50年で時代は一気に変わり、街への道がどんどんとつくられ便利になり、人々は街へ街へ、そして、東京へとうつりすんでいった。この5年で水田の耕作放棄地がかなり広がった。市街地に近づいているといっていいだろう。人の手が入らないところは鹿やいのししなどの獣のテリトリーとなっていく。もちろんその背後にいた(ツキノワ)クマのテリトリーも広がる。人の生活圏近くまでやってくるのはある意味あたりまえなのだ。これまでは、人が山へ入ってその山が断章地帯だったのだから。

 耕作放棄地はどんどん広がってきて、獣たちはどんどん近づいてくる。


里山はいつまで美しい風景としてあり続けるのだろう?(東山ふれあいの森)【おしゃべりさんぽ】

https://youtu.be/hcN9o6bSNDw