熊本八千代座の公演記録 | BOOのなみはや国風土記

BOOのなみはや国風土記

日々の出来事(主に大衆演劇、スポーツ観戦、買い物、音楽など書いてきます。コメント、ペタをいただけたら嬉しいです。

 今日は寝かしてた記事を2つ。まずはネット検索して引っかかった熊本八千代座の公演記録と売上。明治44年から昭和9年までの記録(この間しか記録がない)がPDF化されてる。


 面白いのは最初期に宮川左近の文字。関西では浪曲漫才で有名な宮川左近ショーの宮川左近がいた浪曲集団と思われる。初期の頃は歌舞伎が多い。浪曲では他に天中軒雲月、京山幸枝などが公演打ってる。奇術師の名も。松旭斎の屋号。昔はドサ回りしてたんやな。そうそう曾我廼家五郎、曽我廼家明蝶のなも。喜劇集団の公演も打たれてる。昭和に入ると恐らく女剣戟一座の名も。女沢正(恐らく沢竜二のお母さん)などの女性の名を関した一座が公演を打ってる。そうそう博多淡海の名も。


 巻末に近づくと、漫才一行の名が増えていく。分かるだけで都家蝶々(恐らくミヤコ蝶々)、捨丸(これも恐らく砂川捨丸)。最末期には近江二郎(恐らく近江飛龍のお爺さん)、三河家桃太郎の大衆演劇の役者の文字も。知ってる人見たらもっと知ってると思われる。見て推察するのも面白い。書物やらでドサ回り!してたと書いてあるけど、公演記録残ってるとほんまにしてたんやと思う。浪曲師やら見てるとやはり関西系が多い。大阪からでも汽車で丸1日以上かかったやろうから。


ほんじゃ